「ちょちょっちょ・待って!待って!蹴らないで!………お前を養おうとして、それでも色々挑戦したんだ!面接も何十社と受けて、バイトでも、雇ってもらえるならと受けた。受けまくったよ。でも、どれもダメだった…。それで最後に行きついたのが、サラ金と、どんづまりのギャンブルの自転車操業…もう、どうしようもなかったんだよ!父さんに悪気はなくても、まともな世間っていうのは、父さんみたいな人間を受け入れないんだもん!でもお前のことを育てたかったし…それには金が要るし……」
「女もな」
 御陵が苦々しげに付け足す。
「……♪……」
 大河内は血塗れの顔で口笛を吹いた。誤魔化している。御陵の左足が上がるのが目に入ると、蹲って頭を庇った。すいません、ほんとすいません、と頭を突っ伏して繰り返す。ふざけ過ぎだ、このオヤジ…
「そこまでして、何で…例えば施設があるでしょう。国が保護してくれるような所が」
 黒木が不思議そうに言った。確かに、そうだ。
 すると大河内は、一瞬黙って、御陵の顔を見上げた。
「母さんが出て行って、ひと月過ぎたかそのくらいに、地域の教育委員会が訪ねて来た…お前を、施設に預けたらどうかって。───正直、願ってもなかった。育てる自信も、甲斐性もない父親の傍より、その方が絶対にいい、と思ったよ。………でも、結局断った」
「何で」
 御陵に問われ、大河内は意を決したように声を絞り出した。
「だってお前が、そうしろと、言ったんだ」
 御陵が目を見開く。
「あぁ?」
「一夜。お前が、父さんを止めたんだよ。施設なんか行きたくない、ずっと、父さんのところで暮らしたいって──」
「何言ってんだ、てめえ…」
「お前は覚えてないかもしれない。それほど小さかったからね。父さんだって信じられなかった。何もわかってない子供だと思ってたから…なのに」
「嘘言ってんじゃねえ。そんなこと、オレは言ってねえ!出鱈目言うのも大概に──」
「ああ。嘘だと思うならそう思っていい。幼い息子のその一言を信じて、立派な親になってみせると、父さんが勝手に決意したばかりに、お前に苦労をかけてしまったんだ。いや、苦労なんて生易しいもんじゃない……最後にはその子に、見限られてしまったんだから…本当に、馬鹿なことをしたと思ってる。反省してる。───あの男が…お前を教団に引き取ると訪ねて来た時、思い知った。父さんは…自分がやってきたことがどれだけ間違っていたか……ギャンブルなんかに何を期待してたんだろう?それだけの情熱を、どうして、まともに働くことに使わなかったんだろう?……結局、父さんはダメな人間なんだ。ダメだから、現実から逃げてしまうんだ。父さんが逃げたら、お前が一番傷付くってわかってるのに……本当は、金なんか受け取りたくなかった。金を受け取れば、父さんはお前にとって最低な父親になると思った。…でも、その時の父さん、本当にギリギリだったんだ。このまま死んでも同じなら、最低のまま生きて、お前に再び会えるかもしれない、その未来に賭けよう。そう思った。─── 一夜。この数年間、父さんはお前のことを忘れたことはない。ずっと、ずっと、ずーっと、お前に会って、謝りたかった。例え許してもらえなくても、謝りたかった。そのためなら、何をしても、何をされても、耐えようと思って……今まで生きてきたんだ」
「………」
 御陵は大河内を見下ろしたまま、無言だった。何を考えているかわからない顔だった。
「一夜…大きくなったなぁ」
 血まみれの大河内の顔がふと緩んだ。御陵の眉間に皺が寄る。
「…てめえがどう思おうと、オレはお前をオレの父親だなんて認めない。一生な」
 御陵は明らかに嫌悪していた。その足元に大河内は跪いた格好のまま、縋るように食いつく。
「お前が…父さんのせいで失った人生は、これから父さんが一生賭けて償うつもりだ。お前のためなら、何でもする。だから───許してくれ。悪かった。許してくれ!!!!!この通り!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 大河内は絶叫し、その場に頭を下げた。土下座…!!
 親が、子に?
 今聞いた話がすべて真実なら、仕方がないのかもしれない。普通の家庭に育った俺には理解できない世界だ。
 でも…
「許すと思うか?」
 冷たい声が響いた。実の父親?の、プライドも何もかも投げ打った姿を、御陵は見下ろしていた。沈黙。
「償いなんて、必要ねえよ───教えてやる。オレ、お前に感謝できることが一つだけあるんだ。お前のおかげでオレは未来ってやつを一切信じなくなったんだ。だからさ…今償えよ?死んで───詫びろよ」
 御陵は言うと、土下座する大河内を頭上から踏みつけた。衝撃に体勢が崩れ、苦しげな呻き声が漏れる。大河内は頭を抱え、その場に蹲った。その上から、頭、肩、背、腹、腰…と御陵は蹴り続けた。
 大河内の黒いマオカラーのジャケットが、御陵の靴底で汚れていく。途切れることの無い呻きに混じって、謝罪の言葉が繰り返されるのを、俺は立ち尽くして見ていた。
「痛っ──」
 大河内が、ひときわ大きな声を上げた。額から流血している。両腕で庇っているから、無傷なのかと思ったが、実際は顔じゅうに痣が広がり、ひどく腫れあがっていた。
 息も相当荒い。
 御陵の方も、顔色は無表情のままだったが、呼吸が乱れていた。
 だがそれでも、蹴るのをやめない。ドカ、ドカッ、と、鈍い音が深夜のロビーにえんえんと響き渡った。
「おい。もうやめろよ…」