「あ。って言ってから長いんですけど。どうしたんですか?」
 黒木の声に苛立ちが混じる。が、顔がとぼけているので本気かどうかは微妙だ。
 俺は御陵を見た。そして、大河内も。言っていいものか……でも………
「お兄さん、勘がいいのね」
 煙を吸い込みながら、周がニヤリと笑った。その態度が黒木には面白くなさそうだ。
 俺はためらいながら、口を開いた。
「………親子だろ。あんたら…………」
「えっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 俺が慎重にそう告げると、黒木が素っ頓狂な声を上げた。
 周が大正解、と囃してパチン、と指を鳴らす。
 御陵は俺の言葉から背くように横を向く。複雑な表情だった。そして、大河内はというと───
「いちやああああああああああああ」
 雄叫びとも、絶叫とも言い難い奇声を上げたかと思うと、まっすぐに突進していく。両手を広げて。
 まるで、韓流スターに突撃していく追っかけ主婦のような……
「寄るな」
 抱擁しようと駆け寄ってくる大河内に、御陵がドスの効いた声で怒鳴った。
「一夜。会いたかったよ、一夜。ほら父さんだ。父さんだよ!正真正銘おまえの───」
「寄るな」
 声は冷たかった。そして最後の警告でもあった。
 しかし、大河内の耳にはどうやら入っていないらしい。
 大河内の鼻先が、御陵を抱擁可能な圏内に突入するかしないか──その瀬戸際、御陵の体がフワリ、と
宙に浮いた。そして次の瞬間、強烈な膝蹴りが大河内の鼻先に炸裂した。
 無様に後ろ向きに床に倒れる大河内。サングラスは割れ、盛大に鼻血が噴出していた。うわ…
「ぐ…」
 痛みに呻く大河内。
「御陵くん!」
 黒木が御陵の傍に寄る。しかし御陵の目は残酷なほど冷たかった。のたうち回る大河内を見下ろしている。
「大河内さんが、御陵くんのお父さんって………そんな……本当に?」
「───本当だよ。なあ、一夜」
 遠くから、壁によりかかって周が言った。
「<御陵ヒズル>ってのは偽名さ。あんたに匿われてる間、厄介な連中の目を誤魔化すための。本当の名前は、一夜───大河内一夜ってんだ」
「偽名…」
 呟く黒木の顔が青褪める。相当なショックらしい。
「しっかし酷いな。実の親父にいきなり蹴りかい…」
 周が呆れたように言う。
「親父じゃねえ」
 御陵は無表情に言い捨てた。
「こんな奴が、オレの親なわけねえ。こいつはゴミだ。人の親にもなれない、人間以下のゴミだ」
 大河内は仰向けに倒れたまま、鼻血を垂れ流している。
「一夜…」
「うるせえ。馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ。殺すぞ」
「一夜…でも、父さんは…お前と血の繋がった、たったひとりの父さんなんだよ……」
 大河内は鼻血を手の甲で拭うと、割れたサングラスを取り去った。そして弱々しく体を起こし、立ち上がろうと膝をついた。その肩を、御陵の蹴りが突き飛ばす。しかし大河内は今度は倒れずに、食い縛った。
「黙れ」
「一夜。すぐにはわかってくれないかもしれないけど…父さんはお前のことをずっと」
 ゴキッという音がして、御陵のつま先が大河内の顎にヒットする。その衝撃で、大河内は横に倒れた。
「ふざけんな。てめえのせいでオレが今まで、どんな目に遭ったかわかるか?───ガキのオレ一人を、取立屋が日に何度も、何人も来やがる家に置き去りにして、てめえは賭場浸りだったじゃねえか。おまけに女もとっかえひっかえ───家だって、何度引っ越したよ?おかげでオレは学校さえまともに行けなかった。どこへ行っても冷たくされてよ、子供も大人も、誰もオレに近寄ろうとしなかった…何もかも、てめえのせいで滅茶苦茶にされたんだ。………よぉ、正直に言えよ。オレのことなんか邪魔で仕方なかった、ってよ。そうなんだろ?───オレはさ、毎日考えてたよ。明日には自分は死ぬんじゃないか、そうでなくても、絶対に大人にはなれないだろう。その前に死ぬってな。───ああ…そうだ、その時はまだ8歳じゃなかったかな」
 自嘲気味に、御陵が笑う。
 俺は寒気がした。御陵の言葉は真実味があったが、何だか信じたくない内容だった。
 流石の黒木も、黙りこくっている。
 ふいに、地べたに伏せていた大河内が呻いた。顎を蹴られて、言葉を繰り出すのが困難そうだ。
「……違う……」
 御陵は自分自身の言葉に、気が昂ぶってしまったようだ。目が血走っている。まともな言葉は通じそうにない、と俺は思ったが、それでも大河内は言葉を続けた。
「違うよ……父さんは、一度もお前を邪魔だなんて思ったことはない…」
 御陵の表情が激昂に変わる。しかしその口が黙れ、と言おうとするのを、大河内が手を上げて制止した。
「聞いてくれ。確かに父さんは、父親失格だよ。すまない。申し訳ないと思ってる。本当だ……あの時、妻が、いや、母さんが出て行って…途方に暮れたんだ。父さん、母さんがいないと何もできなかったから…まだ小さいお前ひとりを残されても……どうしていいのかわからなかった。あの頃の父さん、映画を撮ることしか知らなかったから…単純に金を稼ぐことさえ、出来なかった。働くのが嫌だったんじゃない。何だろう、働き方がわからないっていうか…」
 …おっさん。最後のオチで傍観者の俺は呆れて腰が抜けそうになった。
 御陵の脚が蹴りの体勢をとる。