とうとう俺は堪り兼ね、口に出していた。見ていられなかった。しかし出てきた声は恐ろしく小さかった。誰の耳にも届かないような……俺は怯えていた。現実の殴り合いのケンカなんか、見たことない。格闘技とも違う。これは、中高の時に見た不良のいじめに近い感じだった。数人で寄って、無抵抗の生徒を的にしていた。御陵を見ていると、あの時の不良達の心境に、堪えようの無い怒りと憎しみがプラスされて、増幅していっているようだった。
救いを求めるつもりで、俺はカウンターを回って、壁の方へ向かった。
そこには周が立っていた。
周は、短くなったタバコを吸いつけながら御陵達を見守っていた。その顔には全く動揺が見えなかった。サングラスをかけているせい、じゃない。周は俺が近付くと振り返った。
「…どうして止めないのかって?」
言い当てられて、俺は驚いた。
「やめさせないと…やばいでしょ?!」
「………止められないのよ、俺にゃ」
な?!ここで一番頼りになるのはあんたでしょうが!
俺は御陵の後ろで呆然となっている黒木をちらっと見た。石化したように微動だにしない。恋人の豹変ぶりにショック受けてんのか?おい!!そんな場合じゃねえだろが!
「何で…じゃあ黙ってこのまま見てろってのか?───」
周は俺を気の毒そうに見た。止めたくても止めに行けない事情でもあるのか?───ああもう、ややこしいな全く!
俺は黒木をもう一度見た。悲しくなるほど進展なし。
周を見る。済まなそうに、首を横に振った。
御陵はまだ、狂ったように大河内を踏みつけている。
───どいつもこいつも!!
誰か居ないのかよ?
この空気を変えてくれるような奴は!!
誰でもいい。
早く止めないと、大河内もマジで死ぬだろう。
死にはしなくても、大怪我はする。もう既に、その段階なのかもしれないが。
そうなったら───御陵も、大河内も、誰も救われない。
誰か
誰か!
「やめろ」
突然、凛とした声が冴え渡ったかと思うと、誰かが大河内と御陵の間に立ちはだかった。
御陵の動きが静止する。
───誰だ?
「キフネさん?」
黒木が驚きの声をあげた。
……あ。
……俺じゃん!!!!