セヴェリエは、マキュージオの心の中奥深くに入り込み、彼についてのあらゆる情報、生い立ちのすべてを知った。それは知るほどに、孤独の寂しさと痛みに満ちていた。
 業星(ぎょうせい)という呪われた宿命を背負いながら、主君である王子にただならぬ想いを抱く騎士マキュージオが、仕える王家の争いに巻き込まれ、どうして身を滅ぼしていったのか────
 ここでは、それにふれることにする。
 それから後も、マキュージオは抜くことなく数回、ユーリの腹の中に放った。
 最後の溜息が漏れ、体を離してみると、下に敷いてあったマキュージオのマントはおろか、干し草の至る所が大量の精にまみれていた。
 マキュージオは立ち上がり、かたわらの小さな台に置いた水盆に布を浸して絞り、自分の体を拭いた。それからまた布を洗い、意識を戻さぬユーリの躯を拭いた。終わると、ユーリの粗織りの粗末な服をとり、上にかけてやる。
 マキュージオが服を整え、革袋の水に喉を潤していると、背後でユーリが身じろいた。
『旦那様……すみません、俺────旦那様のマントを汚しちまいました』
 弱々しく躯を起こしながら、申し訳なさそうな顔をするユーリの隣にマキュージオは腰をおろし、無言で革袋の水をすすめた。ユーリの頬は涙の跡がまだ乾ききっていなかったが、唇は白くひび割れていた。掠れ声で礼をのべ、革袋の水を一気に呷るその様を見ながら、マキュージオは言った。
『気にするな。どうせ、お前を抱くのはこれが最後。マントはお前にやろう』
『え…』
 ユーリは水を飲むのを止め、驚いてマキュージオを見た。
『今夜を限りに、お前に暇を出す。長い間、ご苦労だった』
 ユーリは、マキュージオの言葉を飲み込めず、暫く硬直していたが、ようよう言葉を搾り出した。
『そんな。旦那様…やめてください。俺、もっと真面目に働きます。旦那様のおっしゃることも、何でもききます。だから、どうか────どうか俺を追い出さないでください』
 マキュージオは、縋るような眼を向けるユーリから目を離し、
『お前のためだ』
 とだけ言い、自分の手荷物から、金の入った袋を取り出す。
『ユーリ。お前はいい馬丁だ。ここに、わたしの紹介状が入っている。これを持って、西へ行け。シャンドランの氏族ならどこでも雇ってもらえる』
『嫌です』
『死ぬぞ』
 マキュージオの気迫に、ユーリはびくりと体を震わせた。
『ここはもうじき戦場になる。お前のことは護ってやれぬ。だから────逃げよ、というのだ。わかってくれ』
 ユーリは涙を流し始めた。
『嫌です。旦那様は、いくさで死ぬ気だ。だったら俺は、どこに行ってもおんなじです。旦那様が生きていないなら、俺は、死んだほうがいい。─────西になんて行かない。俺、旦那様のお側にいます。俺が、旦那様を護ります』
 強情な眼差しを向けられ、マキュージオは戸惑った。
 貧しい身分の少年の、怖れを知らぬ意志。終いには、自分も剣を取って戦うと言い出すだろう。マキュージオはしばらく考え─────口を開いた。
『……よかろう。暇は出さぬ。そのかわりだ。お前にひとつ仕事を与える。…極秘の任務だ』
 少年の顔はみるみる晴れ上がり、マキュージオの口から聞かされる“任務”という言葉に隠しようのない興奮を表した。

 マキュージオは、疑問を持っていた。────ヌールの食客、賢者フェルマールである。
 異国人ながら、ダミアロスの寵愛を受け、今では執政にも口を出すようになっていた。
 当然、宮殿内ではフェルマールを快く思わない輩が多かったが、その数も、ドリゴンとの戦役を間近に控えてからは、随分とおとなしくなっていた────ように見えたが、その背景は、フェルマールに反対していた家臣たちが、このところ、立て続けに死亡したり、病気に倒れていたのである。
 その数は、戦の準備の混乱でいまだ表面化していなかったが、マキュージオは部下の騎士や宮殿の家来と通じ、死んだ彼らが皆、フェルマールの治療を受けていたことを突き止めた。
 ヌールには医者や医術に詳しい僧侶が多くいたが、なぜか彼らはフェルマールを指名し、たびたび家に招いていた。
 彼らはフェルマールとは政治上で激しい対立をしていたはずだっただけに────明らかに不自然な事実であった。そのことにマキュージオが思い至ったと同時に、急激に不安が募った。
 なぜなら、王妃もフェルマールの治療を受けていたからである。
 そして王妃は、いっこうに治癒することなく日毎に弱っていき、いまや人としての容貌すら失っていた。
 もし────王妃が死ねば、ダミアロスのフェルマールに対する依存はより絶対的になる。そうなれば、ヌールの体制が覆されるのはあきらかだった。

『ユーリ。お前は情報を集め、その手掛かりを拾ってくるのだ。ただし、決してどこかへ忍び込んだり、危険を冒すな。何も掴めなければ、それでよい。明日城が攻め入れられ、身の危険を感じたら、迷わず都を離れろ。これは約束だ。守れるか』
 (…もしも、王妃をあのようにした犯人がフェルマールなら、生かしておかぬ。)
 マキュージオは己の殺気に言葉を呑み、ユーリの様子をうかがった。
『わかりました。俺、やります。旦那様の為に』
 双眸に、凛とした強い光を宿しながら、ユーリは言った。
業星の騎士