にわかに暗くなってくる空を眺めながら、マキュージオは思い出す。
 陛下をお守りしろ。アーシュラスの言葉が、先程から何度も脳裏を巡っていた。
 父マキシアヌも、息をひきとる直前まで繰り返していた言葉だ。

『わしは父として、どうしてもお前を愛すことが出来なかった。─────母のいないお前に、酷な宿命を背負わせたまま、何もしてやれなかった。お前が憎いわけではない……わしは、お前が恐ろしかった』
 重傷を負い、肩で息をしながら、マキシアヌはマキュージオを見た。
『業星の宿命者は、皆、悲惨な最期を遂げている。国賊となった者も少なくない。しかし─────マキュージオ。呪われた運命だからといって、決してあきらめてはならぬ。お前は、ヌールの騎士の先頭に立つ者。ラディエントの御加護を受け、アルヴァロンを────セロドア王子をお護りするのだ。それが、わしの子と生まれた天命と思え。そうして呪いを、打ち負かすのだ』
 マキュージオの手を握るマキシアヌの手に、わずかに力がこもった。
『よいな。我が息子よ。……あのお方は、王家に生まれながらその恩寵にあずかることなく不遇の人生を生きてこられた。王国がこのような事態になった今、その先行きはどうなるかわからぬ。…ダミアロス王が死ねば、あの食わせ者の賢者が何をしでかすか、お前にもわかるであろう。あの方は、セロドア様は…あのように素直に育たれたが、害悪を疑う術を知らぬ。王妃が亡くなり、わしもじき死ぬ。この世で殿下をお守りするのは、マキュージオ、もはやお前ひとりしかおらぬのだ』
『わかっております─────わたしの命にかえて、セロドア様をお護りいたします』
 ヌールの騎士団長マキシアヌは、一晩中死の激痛と闘い、明け方に死んだ。その日の午後、ヌールの兵舎の中庭に全騎士が整列して、マキシアヌの棺を見送った。

─────陛下。
 地を蹴り、土埃をあげ、マキュージオは馬を走らせる。その思いは、祈りに似ていた。
 セロドアと最初に出会ったのは、マキュージオが十五歳の頃だった。
 セロドアの兄インガルドについて厩舎にやって来たセロドアは、見るからにか弱く、おとなしいというよりは、おどおどした少年だった。比べてインガルド王子は、幼少の頃からマキシアヌをはじめ、ヌールの学者や執政、医者たちによる英才教育を受けており、弟のセロドアと違い、すでに堂々とした風格を備えていた。
 が、その瞳は冷たく、教師のマキシアヌには従順な態度であるのに比べ、マキュージオに対してはあからさまに蔑んだ目を向けるのだった。マキシアヌについて馬術の稽古に出たインガルドを見送った後、厩舎のそばを侍女を連れた王妃のベネディクトが通りかかった。
 彼女はマキュージオとセロドアが並んで立っているところへ歩いてくると、セロドアにも馬の乗り方を教えるようにと─────マキュージオに言った。
 厩舎には、マキュージオよりずっと熟練の、大人の騎士たちが馬丁と各々の馬を手入れしているところだったのだが、王妃はマキュージオに是非にとその役目を決めてしまった。
 それがきっかけで、これまでまともに接することのなかったふたりは言葉を交わすようになったのだった。
(ユーリはあの頃のセロドア様に似ていたな。)
 むかしのことに浸りはじめたマキュージオはふいに、ユーリのことを思い出した。
 それから、同じ季節が何度か過ぎていった。
 マキュージオは一人前の騎士となっていたが、騎士団の中では孤立した存在になっていた。それは、騎士団長の息子であることに対する周囲の気兼ねもあったが大半が、彼の業星に対する根も葉もない懸念であった。しかし、噂は時として、事実以上に影響を及ぼす。
 ある日、マキュージオはマキシアヌに呼び出され、セロドア王子との関わりを絶つように言い渡された。
 その頃、マキュージオはセロドアに馬術のほか、弓や剣も教えていた。
 セロドアには吃音という障害があり、それが一見彼を愚鈍な印象に見せたが、いざ剣をとれば瞬発力や勘といったものには非常な才気を発揮した。その実力は、マキュージオにとって正直に好敵と呼べた。教える立場にはあったものの、実際は基礎を教えた後、動作についての論議を交わしながら、互いの技能を高めていくのが現状だった。
 マキュージオは騎士団長の子であったが、騎士の家と王侯達のくらしは、いくらそれが団長であっても縁は浅い。だから時折、晴れた空の下、訓練に息を弾ませるセロドアを見て、マキュージオは、
(王族とは、こんなに無邪気に笑うものだったのか)
 そんなふうに思ったものだった。
 しかしマキュージオは、マキシアヌの言葉に従い、以来、セロドアとは一切の接触を絶つことにした。いきなりのことで当然セロドアの方は混乱し、それから何度かセロドアの使いがマキュージオの元へやってきて、手紙を置いていくことが暫く続いたが、マキュージオはそれらに一度も目を通すことなく、焼き捨てた。──────そしてひと月経とうかという頃、便りは完全に途絶えた。
 マキュージオは騎士の仕事に身をいっそう入れるようにした。その一方で、領地のはずれにあるいかがわしい場所へ入り浸るようになった。
 マキュージオはまるで己の業星の威力を試すかのように女を買い、呪いから免れずになしくずしに破滅する女達を増やした。娼婦達は、次々と事故や思いもよらぬ災難に見舞われていった。
 偶然の重なりとたやすく片付けられぬその現象は、家を滅ぼし国を滅ぼすという業星の伝説を、実感として色濃く人々の目に刻みつけ、やがてすべての娼館はマキュージオの出入りを禁じた。
 これはヌールの騎士団としても不名誉な事態となり、マキュージオはマキシアヌのいっそうの悩みの種となってしまった。
 馬丁の少年ユーリをマキュージオが抱くようになったのは、ちょうどこの頃だった。
金髪の巻毛は、農民の娘であった母親が名も知らぬ貴族に手をつけられたのが由来だという。熱心な聖オリビエ教徒のユーリの母は、夫を迎えることなく女一人で息子を育てたが、そのうち暮らしは立ち行かなくなり、ユーリが十二になる前に、衰弱した体に肺炎を患い、あっけなく死んだ。
デュラハン