村の司祭と墓堀り、そしてユーリがたった一人の遺族として付き添う寂しげな葬式には、小雨が降った。
 マキュージオは、ヌールの荘園から所用で戻る途中、偶然にその場を通りかかった。雨で白くぼやけた視界に呆然と佇むユーリを見かけた瞬間、馬をとめた。雨に濡れ、金髪のもつれた先からしたたる雫を払いもせず、ユーリはマキュージオを見上げていた。みすぼらしい上着の袖口から延びた、骨ばった細い手首。すべてが頼りなく、そのまま消えてしまいそうに弱っていた。
────わたしのところへ来るか。
 マキュージオは、ユーリの髪に心を奪われるまま、言った。そしてユーリに、断る理由はなかった。マキュージオはユーリを自分の家に連れ帰ると、その翌日から、自分の馬丁として役立てるよう、昔から父と自分の馬をみていたマウリツィオの下に就かせた。

 それからふたたび月日が過ぎ、件のセロドアとの別離からマキュージオの業星をめぐる事件が相次いだその日。
 父との確執を避け、マキュージオはユーリを伴って馬で遠出に出掛け、豪風に鉢合わせた。通ってきた古橋は通行止めになり、遠回りの道は険しい山越えしかなく、仕方なく道を引き返す途中の小村に宿を求めた。同じような境遇の旅人や通りすがりで宿屋は込み合っていた。ふたりは同室に泊まることになった。はじめユーリは拒否して、自分は従者であるから厩に寝るといつまでも主張したが、見ず知らずの他人と同室にさせられるよりはなじみのお前の方がよい、というマキュージオの諭しに結局は頷くしかなかった。
 宿代の交渉を済ませて部屋に入ると、宿の女主人が鳥肉と豆の煮込料理と干した果物ののった盆を運んできて、マキュージオに娼婦の世話を持ちかけてきた。マキュージオがにべもなく断ると、恰幅の良い女主人はユーリをちらりと見て、それ以上すすめることなく部屋を出て行った。
 マキュージオとユーリは、向かい合って食事をはじめた。
 しかしそのうち、ただ腹を膨らませるだけのぞんざいな料理をわずかに口にしただけで、マキュージオは持参してきた葡萄酒をひとりで飲み始めた。
 一方のユーリといえば、主人と差し向かいの状況にすっかり萎縮して、まるで小鳥が餌をついばむような食べ方だった。
『さっきから、ずっと黙ったままだな。何か話せ』
 驚いて顔を上げるユーリに、マキュージオは葡萄酒の入ったタンブラーを揺らしながら言った。
『────そんな、俺なんて…旦那様にお話できるようなことは何もないです』
 まじめに答えるユーリに、マキュージオは思わず笑みを漏らした。
 酔っている。自分としたことが、この程度で家来に痴態を見せるのか。
 それが急におかしくなり、マキュージオは声を立てて笑った。ユーリは主人の様子を見て、愛想笑いのような、困惑したような、曖昧な顔をした。が、すぐに真顔になって、
『旦那様がそうやってお笑いになるのは、初めて見ました』
『────────…そうか』
『はい』
 マキュージオは笑うのをやめ、タンブラーを静かに置いた。
『マウリツィオは、お前にわたしのことを何と?』
『………それは』
『業星の話は、お前でも知らないはずはないだろう。それをいざ目の前にして、どうだ。───恐ろしいか』
『いいえ!』
 ユーリは慌ててかぶりを振った。
『では、わたしのことが好きか』
 マキュージオは椅子から立ち上がると、テーブルの縁を横切って、座っているユーリに顔を近づけた。
 テーブルの上の皿がカタカタと音を立てる。
『…旦那…様?』
 どんどん間近になってくる青い瞳に、ユーリの声が震えた。マキュージオはユーリの顔を見つめた。貴族の子息が父というのは、まんざら嘘でもないようだが、輝くような金髪以外は、取り立ててひきつけるような魅力はない。この少年にとって自分は絶対的な支配者である、という驕慢が、マキュージオを邪悪に導くのだった。
 マキュージオは吸い寄せられるように、ユーリの唇を奪っていた。
『やめて下さい!』
 ユーリに肩を突き飛ばされ、一瞬我に返る。体が揺れ、酒のせいで軽い眩暈が襲ったところに、あっと声を上げてユーリが手を伸ばし、マキュージオの腕を掴んだ。
『…すみません、旦那様。俺、つい、びっくりして……大丈夫、ですか』
『……』
 マキュージオは体勢を戻すと、自分の腕を掴んでいるユーリの手をとった。
 ふたたび引き寄せられ、体を押し付けられて、ユーリの顔が再び強張る。マキュージオの片方の手が背中に回されると、怒りをあらわにして叫んだ。
『旦那様、マキュージオ様!………こんなこと、やめて下さい!!────俺は、俺は』
 ────娼婦なんかじゃない。
デュラハン