ハザ達がこの海市館にやって来て、エンデニールを陵辱した日から二週間が経とうとしていた。
 グレイが東から来る行商のつてを辿って入手した聖エーテルの効果は、早い者で三日で切れていった。薬の副作用である強烈な欝が皆を蝕み、それが退いた後は精神的倦怠に陥った。彼らはエンデニールに対して罪悪も持たず、情けも持たなかった。ただ、起きた事実と今後の事をどうするかを、自分達の頭領であるハザひとりに委ねた。
 ハザは、皆に委ねられた選択肢を一人で負う事にした。仲間達の姿を見ると、彼らにはこれ以上加担させたくなかった。エルフ達も、全員でやれとは言わなかった。それなら、自分ひとりがその負担を背負う。ボルカシアのいない今、皆の心をひとつに繋ぎとめるために───己の稚拙さはわかっていた。けれども、そうする他なかった。
 決心したハザは、それからは冷徹とも言える態度で仲間に接するようになった。
 感情を殺し、同年代のトロスにも支配者の立場で振舞った。暴力こそ介在しなかったが、その寸前に陥る場面が局所で増えて行った。それからは、山賊の仲間はハザへの畏れによって統制されてしまった。
 そしてその統制の中で、ハザは毎晩のようにエンデニールを陵辱し続けた。
 
 エンデニールを犯す時、ハザはなるべく酷く、屈辱を与えることを考えた。顔を殴り、抵抗を封じて、無理矢理に犯す。犯しながら、言葉でも責め立てた。泣け。声をあげろ。欲しがってみせろ───卑猥な言葉を浴びせ、あられもない体位を強制した。エンデニールは組み敷かれている最中でもずっとハザを睨み続け、ハザの煽りにも決して屈しなかった。
 しかしそれも、最初の数日間だけだった。体が味を覚えてしまったのか、怒りに震え涙を流しながら、ハザに屈していった。
───けれどもその瞳が、空虚になることはなかったのだ。犯されながらも、エンデニールの眼は憎しみの炎を絶やさなかった。それが、ハザには証のように映った。憎まれることが、目的なのだ。憎悪が、エンデニールの緑の瞳に澱のように積もっていくのが、ハザを強くしていた。
『───エンデニール』
 ハザは小声で名を呼んだ。身を引き抜いた白い体を片腕に抱え、無意識に、驚くほど近くに顔を寄せ、眼差しを覗き込んだ。肩を揺すると、エンデニールは焦点が合わないまま、呻いた。
『………、……、…………』
『?』
 エンデニールの唇が、言葉を紡ぐ。小さな声は、ハザの知る言語ではなかった。そして、吐息の中に異臭を感じた。アカハエトリの匂いだった。
『────』
 ハザは舌打ちした。
『エンデニール!』
 声を荒げて呼ぶと、エンデニールの顔がす、と揺らいだ。そのまま瞼を閉じ、酩酊の中へ堕ち込もうとする。脱力していくエンデニールの肩を引き寄せ、ハザはエンデニールの顎を掴んだ。『貴様は』
 怒鳴ろうとした。けれども何故か───ハザはそのまま、エンデニールの唇を奪っていた。一瞬だけ唇同士が被さり、すぐに離す。ハザが後悔するより先に、エンデニールが呆然と呟いた。
『………何のつもりだ』
 眼を逸らした端で、エンデニールがハザを見ていた。眼に、光が戻っていた。どくり、と胸の奥が蠢く。形容し難い感情が、大きな塊になっていく。自分と比べて、細く、華奢な肩を見下ろした。
『?!───ハザ』
 怪訝な声を耳元で聞きながら、ハザはエンデニールの体を抱擁していた。腕に力を込める。その下で、エンデニールが初めて抗った。ハザはその両手を掴み、大きく引き離すと夜具の上に縫い付けた。エンデニールの顔が真下から、自分を見上げている。
『薬で逃げるか───さりとて、容赦はしないぞ』
 三白眼で凄むと、ハザはエンデニールの喉元に喰らいついた。

 海市館の姿が、木立の奥に見え隠れすると、ハザは馬の歩調を落ち着かせていった。歩みになり、そして静止する。
『?』
 カンテラを握ったシンディエが振り返った。
『ハザ…?』
『…………』
 ハザは手綱を持ったまま、鋭い眼を伏せていた。無言で、何かを考え込んでいた。あまり目にしたことの無いハザの表情に、シンディエは驚いた。ハザは眼を伏せたまま、おもむろに呟いた。
『……俺に、救う資格があると思うか?……』
『ハザ……』
『仲間を救うためとは言え…あいつにとっては、俺も、レムディンも同等だ……陵辱され続けた敵に、助けられようと思う者が、いるか?……ボルカスは無事に助けられた……後のことは、もう俺達には関係ないことだ』
 ハザはそこで顔を上げた。しかしその表情はカンテラの薄暗い光の下で、深い感情に染まっていた。
賢者の死