破裂音がこだまして、ジヴラールとカイエスは互いの顔を見合わせた。
館全体が揺れ、内部で何かが次々と割れる音がした。音はすぐに止んだが、その後の静寂は、平穏なものとは違っていた。腹の底から、恐怖が心を捕らえに来る。逃げ出さなければ───。しかし、顔を上げたカイエスは、己の身が乗り出していることに気がついた。
『何してる、カイエス』
ジヴラールがカイエスの異変に気付いた。
『エンデニールが』
『駄目だ。シンディエがハザを連れて戻って来る。それまで待つんだ』
『その間に、中の二人ともやられたらどうする?』
カイエスの手は腰の剣にかかっていた。
『俺達で敵う相手か?』
ジヴラールはカイエスの両肩を掴んだ。
『ここで待つんだ。でないと俺達も死ぬぞ』
『………』
カイエスはジブラールの手を跳ね除けた。そして、館へ向かって駆け出した。
『カイ!』
『お前はそこで待ってろ。様子を見てくるだけだ』
カイエスは振り返らず、走った。そして館の壁際に身をつけ、暗い影の方へ飛び込んだ。
するとその後を追って、ジヴラールが走ってきた。
『お前』
カイエスは驚いた。
『俺も行く』
『いいのか───』
その時、二人の頭上で再び破裂音がした。今度は耳を塞ぐような大きさだった。窓が砕けたのだろう、破片が散り、カイエス達の目の前にも落下してきた。地鳴りがした。そして、また、静寂が訪れた。
『一体、中で何が』
ジヴラールは怯えた声を出した。カイエスは無言で剣を抜いた。
『怖いならここで待っていろ。俺は中へ入る』
言われて、ジヴラールは虚を突かれた顔をした。そしてすぐに真顔になると、自分の腰の剣を抜いた。
『怖くなんかあるか』
カイエスを追い越して、さっさと歩き出した。
───闇の中を、小さな生物が孤独に揺らめいている。深く、どこまでも広がる闇は、海のようだった。
生物はその中で、声もあげずに蹲っていた。どこかへ行こうにも、どこにも光は見当たらなかった。
限りない無音。天も地も、見分けがつかない。生物はただ待っていた。闇が、自分の全てを覆い、何もかもを
喰らい尽くしてくれるのを。
書斎の扉は音もなく開き、レムディンを招き入れた。
レムディンは用心もなく、薄暗い書斎の中へ進んだ。正面に置かれた長椅子の前に、人影を見つけたのは、次の瞬間だった。その人物を認識しようと目を凝らす。
『───!』
突然、部屋の中に風が吹き荒れた。驚くレムディンの体が、強風に煽られる。体を庇いながら、レムディンはレイピアを構えた。目の前に立ち尽くす者の顔を見た。
(エルフか。いや、人間、なのか)
それも若い。少年とは言えないが、細い体に、灰色のローブを纏っている。隠者のような佇まいだった。
虚ろな表情を浮かべた両の瞳が、妖しい光を放っていた。レムディンと視線が交わると、風の力が強くなり、足を踏みしめなければ体勢が崩れそうになる。室内の調度品は音を立てて倒れ、硝子瓶が割れ、破片と羊皮紙の束が宙を待っている。柱と壁に亀裂が走り、震動が起きた。
『何者だ。お前は』
レムディンは獣の咆哮を上げ、レイピアを向けた。
すると男は目を細めた。
<───余に、剣を向けるか>
耳ではなく、意識に直接入り込んでくる、声。