ハザとシンディエが海市館に辿り着いたのは、その一時間程後だった。
 館と森は静けさを取り戻していたが、見る影もなく破壊された姿は、ハザ達に衝撃を与えた。そしてエンデニールの書斎では、さらに過酷な光景が彼らを待ち構えていた。
『ハザ…!』
 ハザ達の顔を見るなり、カイエスとジヴラールが駆け寄ってきた。
『お前達』
 二人が無事なのを確認すると、ハザは部屋の隅に只ならぬ気配を感じ取った。瓦礫の山の上に、レムディンが腰掛けていた。しかしその姿は、ハザの知るレムディンとはかけ離れた姿であった。フードを被ったその顔は憔悴しきっていた。銀緑色のマントはどす黒い染みに覆われている。蹲るような体勢のせいなのか、体がひとまわり小さくなったように映った。
 ハザは戦意を解き、レムディンの方へ歩み寄った。
『ハザか』
 レムディンはぼんやりとした目を向けた。まるで死に際の老人のようだった。
『何があった。エンデニールは』
 するとレムディンは無言で、視線をハザの背後に送った。見るとそこには、頭まですっぽりとローブを掛けられ、横たわっているエンデニールと、胸に包帯を巻かれた───ゾルグの連れの修道士が、寝かされていた。
『───貴様』
 ハザはレムディンに掴みかかろうとした。
『ハザ!駄目だ』
 それをカイエス達の声が鋭く制した。そして二人は慌てて走ってくると、ハザとレムディンの間に立ちはだかった。
『………』
 カイエスとジヴラールの必死の表情に、ハザは面食らった。カイエスが口を開く。
『レムディンが、二人を助けたんだ』
『何…』
 死んでいるわけではないのか。ハザはエンデニールを見た。
『柱の下敷きになったエンデニールを、救い出してくれたんだ。そして……手当てを』
 レムディンは無表情で、ハザの目を見返していた。
『貴様が…何故……』
 するとレムディンはおもむろに腰を上げた。ハザは思わず身構えたが、レムディンは相変わらず戦意のないまま、出口の方へ動き出した。
『治癒の魔法は一時的なものだ。時間がたてば、ふたたび傷は開き、痛みが戻る。早く医者を呼ぶがいい』
『待て』
 ハザは追い縋り、その肩を掴んだ。するとレムディンが呻き、慄くように体勢を崩した。血走った眼が、ハザを捕らえる。
 ハザは手を引き、愕然とした。
『貴様、腕が……』
 翻ったマントの下は、赤黒く抉られた傷が拡がっていた。レムディンはマントで再びそれを庇うと、言った。
『この様故、今日のところは退く』
『───貴様の部下は、全滅したぞ』
『………』
 予想していたのか、レムディンは一瞬目を伏せただけで、何の感情も表すことはなかった。そうして背を向け、歩き出した。
『今は争わぬ。が、いずれまた会い見える時は、覚悟しておけ。恨みは、晴らす』
『………礼は言わぬぞ』
 振り返らず、ハザはレムディンが去るのを見送った。
そしてレムディンの気配が消えると、少年達に向かって言った。
『エンデニールと修道士を階下へ運ぶぞ。シンディエ。お前はサラフィナスを呼んで来い』
賢者の死