マキュージオは、城壁の上から、遠くかすむ北の山脈をみつめていた。
 この北の地が隻眼のジアコルドによって占領され、もう3年の月日が経とうとしていた。
 以前は焼け野原と森しかなかったが、今ではすっかり様変わりして、ジアコルドの旗印である、人面の獅子を掲げた軍隊が、辺りをうごめいていた。
 山々の裾に拡がる巨大な森あちらこちらから、細い煙が幾筋も昇っていた。
 聞けば、ジアコルド軍が北の山中に要塞を造っているのだという。今現在、彼が居を構えるこの城は仮住まいに過ぎず、要塞が完成した暁には、本格的な北の地の支配者として世に君臨するつもりだと、マキュージオは聞かされていた。
…3年前、ジアコルドがこの地に攻め入ったのは、北の山脈に豊富な鉄をみつけたからだった。 彼は山脈に程近い森の中に基地を構えると二百人の錬金術師を連れて山中に練金所をつくり、さらに千人ほどの人夫を送り込んで要塞の建設にとりかかった。
 ところが2年前、鉱山の奥から有毒な障気が出てからというもの、吸い込んだ鉱山の労働者が次々と病に倒れ、最初に居た人数の半分が死に絶えてしまった。そして、王であるジアコルド自身も間もなく感染し、右の眼をつぶした。
それ以来、ジアコルドは“隻眼のジアコルド”と呼ばれるようになった。

 マキュージオは現在、その隻眼のジアコルドの城に囚われている。
 3年前、この地を旅立ち西へ向かった後、侵略者と戦ったマキュージオは、思いのほか長い時間を費やして、ようやく再び北へ戻ることが叶った。
 しかし十日前、ジアコルドの領内に入ってすぐに野蛮なジアコルド軍に囲まれてしまい、身柄を拘束され、ジアコルドの城に連行されたのだった。

 初めて見るジアコルドは、マキュージオが思っていた以上に若かった。
 赤い艶をもつ金髪を長く垂らし、毛皮や獣の皮を繋ぎ合わせた派手な衣装をまとっており、指輪や首飾りには、色とりどりの宝石が光っていた。
 そして顔色は老人のように青白く、その左目は、眼帯でみすぼらしく覆われていた。
 ジアコルドは、眼帯のないほうの左目でマキュージオを値踏みするように睨みつけた。

『放浪人か』
 ゆっくりマキュージオの前に立つと、腰に下げた細身の剣を引き抜いて、すばやくマキュージオの鼻先に突きつけた。
『お前の馬具や持ち物にはすべて、西の地の軍の紋章が入っておったぞ。是非とも素性をお聞かせ願いたいものだ───俺のことは知らないことはあるまい。さあ言え。言わぬとその目をくりぬくぞ』
 ジアコルドの剣の先は、マキュージオの青い左目の先に向けられた。
 が、マキュージオは動じることもなく、その先を見つめかえした。
『隻眼王ジアコルドよ。おっしゃるとおり、わたしは西の地から十日かけてこの地へやってまいりました。名をマキュージオと申します。…西の地の将軍はわたしの無二の友であり、先だっての西の戦を共に戦い抜きました。わたしの馬や持ち物すべては、旅立つわたしに、友が持たせてくれたものでございます』
『ほう。では英雄だな。その英雄が、ここへ来た目的は何かな?』
『北の山にある刃の丘の、修道院を目指しております。そこにいる、若い修道士に会いに行くところです』
『あそこには誰もおらぬ』
 ジアコルドの口元に、残忍な笑みが浮かんだ。
『あの辺り一帯は、全てジアコルド軍が占領したのだ。占領する際、兵士以外の者は決して生かさぬよう命じた』
マキュージオは衝撃を受けていたが、努めて冷静を保つよう心掛けた。
『…年老いた修道士も大勢いました。彼らはどうなったのでしょう』
『さて。随分昔のことだ。覚えておらぬな。…確かめようにも、今やあそこは立ち入り禁止となっておる』
ジアコルドはそう言うと、マキュージオから剣先をつと逸らした。
『お前のような侵入者は珍しい。…用心のため、沙汰は追って考えるとしよう』
ジアコルドが指示すると、控えていた兵士がマキュージオの腕を掴んだ。
『放浪人マキュージオ。歓迎しよう。俺の館で存分にくつろがれるがよい』

 町の門が開く合図の角笛の音が聞こえてきた。しばらくすると、窓から見える町の大通りに、異様な集団が姿を現した。
 ジアコルドの旗をつけた六頭引きの馬車の荷台に、年代も体格も様々な男たちが、手錠や足かせを付けられ、乗せられている。それが、4台ほど列をなしていた。
『労働者が減ると、ああして遠くから人手を誘拐してくるのです。戦場を徘徊する兵士や、泥棒、農夫もいます。勿論、放浪人も中にはいます。彼らはすぐに山に運ばれ、死ぬまで労働を課せられます。山は険しく、また厳しい監視もついているため、一度入れば逃げることはできない…まるで、地獄です』
 そう言いながら、マキュージオのかたわらに、学者のサラフィナスが近づいてきた。
 青いローブを着た、四十代くらいのその人物は、口髭と顎髭を生やし、気品に満ちていた。医術の知識に長け、そのために、南の地からジアコルド軍にさらわれて来てもう2年ちかくが過ぎていた。
 しかし当のジアコルドは病にかかっても鉱山の発掘を止めず、障気の勢いは日毎に増していたため、サラフィナスの治療がいくらすぐれていても、とうてい追いつくはずがなかった。
 サラフィナスは何度も発掘の中止を訴えた。が、ジアコルドは聞き入れず、それどころか、治療がきかないといっては、毎日のようにサラフィナスを虐待しているのだった。見ればいまも、そのローブの袖口から赤黒い痣が覗いているのがわかった。
隻眼王
 
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