『鉱山だと?───そんなもの、とうの昔に閉鎖している。要塞も今や。もう一年以上も前の話だ』
 今度は、マキュージオが驚く番だった。
『…では、あの連れてこられた男達は』
『知らぬ。俺ではない。サラフィナスが、城下町の建設につかうと言って連れてくるのだ。鉱山は、障気が出てからはすぐに閉鎖して、誰も入れぬようになっておる』
『サラフィナス殿は、まったく違うことを言っていましたが。…あなたはいまだに鉱山の採掘を続けていると』
『馬鹿な!』
 ジアコルドは叫んだ。怒りで、見えぬ目が大きく見開いている。
『────裏切りか…あやつが』
 そして言葉をとめ、しばらく沈黙した後、ジアコルドは急に笑い出した。『ははは…』
『あの藪、年中、調べものばかりしておると思っていたが…王位が欲しければ、素直に言え!サラフィナス!くれてやる。俺の物全て、もっていくがいい』ひとしきり笑うと、最後につぶやいた。
『王など、くだらぬ』
 そしてしばしの間、沈黙が流れた。マキュージオは、ジアコルドを静かに見守っている。
『マキュージオ。お前の故郷は』
『この、北の地です。かつて、王都があった場所です』
『では海は───見たことはあるか』
『……いいえ。戦が起きる前、東の地へ派遣される予定はありましたが』
『俺の祖父は、海を渡ってこの地へ来た。海賊だったときいている。この国に落ち着いた理由はわからんが───俺は航海の話ばかりを聞いて育った。だからいずれ俺も海へ出ることを考えた。しかし父が王家の人間と所帯を持ち、地位を得てから戦争が起きた。それから、父が仕える人間が次々と死んだ。王族、貴族、執政家、将軍…そして気が付くと、俺たちの下には大勢の兵隊が居た。護るべき人々だ。──────父と俺は、あちこちで戦った。それで武勇をたて、ジアコルド軍は増大していった。しかしもう歯止めがきかなかった。戦に明け暮れ、破壊ばかりで、何も生み出せなかった。だから俺は、父が死ぬと、国をつくろうと思ったのだ。…行き場をなくした者達が、安住を求める国だ。それが出来上がったら、俺は王位を捨て…海へ出るつもりだった』
 ふと、窓の隙間から光が差し込んできた。朝日だった。
 マキュージオは黙って、ジアコルドの話に耳を傾けた。ジアコルドはおもむろに手を伸ばした。指先に、マキュージオの頬が触れる。『海はな』
『お前の目のように青いのだ』
 その時、マキュージオの耳に気配が走った。ジアコルドも反応する。
『蹄の音…!』
 マキュージオは急いで外へ出た。霧は晴れ、視界は明瞭になっていた。
 木立の中へ走り、下の森を見下ろす。すると、獅子の旗のジアコルド軍の列がまさにこちらへ向かっていた。マキュージオはすぐ小屋へ引き返した。
『サラフィナスか』
 ジアコルドの表情が険しくなった。マキュージオは、散らばった衣類を急いで集めた。
『逃げましょう』
 支度を整えると、マキュージオはジアコルドの手をひき、小屋の外へ出ようとした。が、ジアコルドは遮った。
『俺は残る』
『なぜです』
『俺は盲人だ。その上、命も長くない。二人で逃げれば足手まといになる』
 マキュージオは口を開きかけたが、ジアコルドは畳みかけた。
『これは、すべて俺自身が招いたこと。お前には関係ない。…お前だけ逃げるのだ。行け』
 マキュージオは、その場に跪いた。そして、ジアコルドの手を取った。
『わたしは、あなたに仕えると誓いました。…お守りします』
『………ならば聞け。主君の命令だ』
『できません』
 蹄の音が、次第にはっきりと耳に届く。
『行かぬか!!』
 ジアコルドは叫んだ。しかし、マキュージオは動こうとしない。
 ジアコルドは声を和らげて、
『…では、お前の剣を置いていけ。お前の忠誠心をそれで受け止める。引き替えに』
 そう言いながら、ジアコルドは自分の右手の人差し指に嵌めた指輪を抜き取った。
『俺の王の指輪だ。これをお前に託す。…お前はここから逃げ、そして必ず、ここへ戻れ。俺の軍を、お前の手で護ってくれ。』そして、マキュージオの手を握り返し、右の人差し指に嵌めた。
『さあ、剣を』
 長い間を置いて、マキュージオは腰から剣を鞘ごと外し、ジアコルドの手に持たせた。
『あなたをお守りしたかった』
『───』
 マキュージオは立ち上がると、ジアコルドの唇に軽く口づけた。
『御武運を』
 そして、小屋を出た。遠くに、隊列の影が揺れていた。振り返らず、森の奥を目指し、走った。
 何も聞こえないように、何も考えないように、木立を抜け、藪を駆け抜けた。
 ただ、ひたすら。
隻眼王
 
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