山崩れは依然として止む気配はなかった。マキュージオは、不自由な足場でなんとかジアコルドを肩にかつぐと、急いで溢れんばかりの沢の斜面を登った。そして、森の中へ入った。 しばらく歩いていくと、木立の中にひっそりと、なかば廃墟化した山小屋が建っているのが目に入った。 マキュージオは、いまだ目を覚まさないジアコルドを連れ、山小屋に入った。 長期間放置されていたのか、内部のあちこちが傷んでいたが、一晩の雨風ならしのげるようだった。
 ジアコルドを担いで雨の中、山道を来たおかげで、マキュージオは疲労困憊だったが、ジアコルドを横にすると、室内のがらくたを集めて薪にして、暖炉に火をおこした。それから泥と雨に濡れたマントを脱いでいると、ジアコルドが身じろいだ。
『ここはどこだ』
 目を見開いて、ジアコルドはかすかな声をあげた。
『北の森の中です』
『マキュージオ?お前なのか…他の者はどうした。死んだのか』
 ジアコルドはまだ意識がもうろうとしているのか、宙をみつめたままだった。
 マキュージオはジアコルドのそばへ寄っていった。
『わかりません。あなたとわたしは崖をすべり落ちましたが…同じように落ちたひとりの兵士が沢へ呑まれたほかは、誰も見ませんでした』
『そうか』
 ジアコルドの左目が、辺りを見回すようにさまよった。そして、ぽつりと言った。
『何も見えぬ』
『まさか』
 マキュージオが覗き込んでみると、ジアコルドの左の目は、確かに中心を見据えたまま、静止していた。山崩れの衝撃が原因なのか、マキュージオにはわからなかったが、しかしジアコルドは意外にも、取り乱していない様子だった。
『…ざまはない。まさかこのような所で、こうなってしまうとはな』
『落ち着かれてください。サラフィナスが生きていれば、あとで何かしらの対処をしてくれるでしょう』
『あの藪に何ができる。俺とて自分の体のことはよく知っている。案ずるな。いずれ覚悟はしていた。───ただ』
 そこでジアコルドは我に返ったように、言葉をとめた。それっきり、口を開くことはなかった。
『大丈夫、天候が回復すれば、無事に麓へ帰れるでしょう。───それまで、よく休まれますよう』
 マキュージオは言うと、力をなくしたジアコルドの肩に手を置いた。ジアコルドは無言のまま、マキュージオに背を向け、うずくまった。 マキュージオもその傍らで、休息をとることにした。

 何時間、眠っただろう。雨音がやんでいることに気が付いて、マキュージオは体を起こすと、外の様子を窺った。小さな窓の外は、すっかり暗くなっている上、濃い霧に包まれていた。ジアコルドが寝入っているのを確かめると、マキュージオは松明を持ち、小屋の外へ出た。そして、頼りない視界の中を慎重に散策した。遠くまで行くことは難しかったが、ひとまず周囲の安全をたしかめると、小屋への道を戻った。
 やがて小屋が見えてくると、マキュージオの耳に、ジアコルドのわめき声が聞こえてきた。近づくにつれ、それは大きくはっきりとなった。
『マキュージオ!マキュージオ!』
 ジアコルドは、発狂せんばかりにわめき、小屋の中を手探りでうろついているところだった。
『どこへ行った!俺を置き去りにして!あの放浪人め!!』
『わたしはここにおります』
 マキュージオが声をかけると、ジアコルドはびくっとして背後を振り返った。それは、まったく見当違いの方向だったが、マキュージオは近づいていって、ジアコルドの目の前に立った。すると気配をさとったジアコルドが、掴みかかってきた。そして両手でマキュージオの体を押しやり、壁へ追いつめると、その首に手をかけた。
『──────俺を置いてどこへ行っていた?』
『…表の様子を』
『嘘を言え。俺を置いて逃げる気だったのだろう?』
 首にかけられた手が強まる。否定するかわりに、マキュージオはされるがままになった。
 すると、まもなく力が弱まった。
 そして今度は、ジアコルドの手はマキュージオの肩を、はげしく揺さぶった。
『俺から離れるな!───絶対に離れるな!わかったか』
 ジアコルドの、光を失った目が、わなわなと震えていた。
 マキュージオは、その目を見つめながら慎重に言葉をかけた。
『…あなたに忠誠を誓いましょう。わたしの命をかけて、あなたを城に送り届けます』
 ジアコルドはせせら笑った。
『忠誠だと?──────笑わせるな。忠誠など、裏切りのためにある言葉ではないか?第一、目の見えぬ俺にはもはや、お前の言葉の真偽を見抜くことはできぬ!…それでもその忠誠とやらを示したいというなら、盲いた俺にも確かめられる証明をしてみるがいい』
 そう言い放つと、ジアコルドはマキュージオの体を突き飛ばした。
『…わたしにどうしろと?』
 ジアコルドは興奮気味に、息を荒げている。髪は乱れ、衣服は泥を被ったまま、まだ水気は乾いていないように見えた。
『───お前は今、武器を帯びているな。それを捨てるのだ。すべて。…武器を帯びたままのお前は、信用できぬ』
 マキュージオは、剣を腰から外し、床へ置いた。弓矢は来たときにすでにマントと共に取り去っていた。
隻眼王
 
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