『これでよろしいですか』
『体に帷子をつけているな?防具を身につけるということは、敵意を隠すことに繋がる。俺に敵意がないというなら、それを脱ぎ捨てよ』
 マキュージオは、黙って帷子を脱いだ。篭手もはずした。ジアコルドは、見えぬ目を宙に向けたまま、その物音に耳を澄ませている。そしてマキュージオはジアコルドの手を取って、自分の胸の上に置いた。汗と雨で濡れ、肌に張り付いたシャツの上を、ジアコルドの手が触れていく。その次は腰のほうに移動した。
 自らの手で、ジアコルドの手をいざないながら、マキュージオはジアコルドの表情をうかがった。
 マキュージオはそこで初めて、ジアコルドの顔を間近で見た。
 凶暴な印象しかなかったジアコルドの顔は、不安と恐れを隠すことを忘れていた。
──────それは見ているうちに、マキュージオの胸に、さざ波のような感情をたてた。
 ふと、ジアコルドの手が、マキュージオのシャツの、はだけた部分から覗く大きな傷跡をなぞった。驚いたように手が退く。
『……』
 マキュージオは無言だった。ジアコルドの判断を待っているのだ。
 しばらくして、低い声でジアコルドは言った。
『忠誠とは何だ?…俺には意味がわからぬ。主君を命がけで護ることか?それとも、己の名誉のために死ぬことか?そこに何の価値がある。このように武器をとられ、身を守る術も奪われて、果たしてお前はどうやって俺にその心をあかすのか?』
 ジアコルドの感情が高まっていく。
『今や俺には何も残されておらぬ。両目を失っては、俺に王の資格はない。お前の忠誠に対して、見返りをすることもかなわぬのだ』
『見返りは、あります』
『何だと?』
 マキュージオの言葉に、ジアコルドは訝しげに驚いた。
『それはあなた自身です』
 マキュージオは静かに、ジアコルドの前に立った。
『そしてわたしも、わたし自身をもって証明しましょう。あなたへの忠誠を』
 言い終わると、マキュージオはジアコルドの唇を塞いだ。体を抱きしめそのままのし掛かる。下は、乾いた木材の床だったが、埃と黴にまみれていた。
 するとすぐさま、下敷きにされたジアコルドが激しく暴れ出す。病で弱った体とはいえ、マキュージオと同じくいくつもの戦場を渡り歩いた手練れであった。が、しかし視力を失ったばかりの今、通常の体の感覚を取り戻すことはいまだ不可能だった。 闇の不自由さは、振り上げる拳を空振りさせはじめた。
 マキュージオの舌が、ジアコルドの舌を絡め取り、喉の奥までを犯していく。
『がはっ、ぁっ…』
 解放された唇の端から、大量の涎があふれ出し、咳き込む。
『何の真似だ!マキュージオ、俺を愚弄する気か?…けだものめ!汚らわしい!俺に触れるな!』
 苦し紛れに、ジアコルドは罵倒の声を浴びせた。
 それを見下ろして、マキュージオは口元に不敵な笑みを浮かべた。先程まで、俺のそばにいろと喚いていたというのに…ジアコルドの虚勢は明らかだった。表情を宿さない瞳。汗のにじむ額に、大きく呼吸する喉元に、長い金髪がからみついている。その様子は、マキュージオの体の芯の、もはやとどめることのかなわない凶暴性を刺激した。
 突然、ジアコルドの両腕が強引に、後ろにねじ曲げられる。
『何をする!?』
 ジアコルドはわめいた。
 マキュージオは意に介さず、むしろそれを愉しむように、ジアコルドの右手首と右足首を、そして左手首と左足首を、傍らにあった古ぼけた麻縄で拘束し始めた。ジアコルドは、気も狂わんばかりに呪いの言葉を吐き続けたが、縛り上げられるうちに、その顔は蒼白になっていった。
 両手を後ろにつかせて足を開かせ、膝を曲げた姿勢で固定する。ジアコルドは絶句している。言葉を失うほどの羞恥で、頬が燃えるように紅潮していた。
 縛り上げ、マキュージオの手が離れるや体を捩る。──────仰向けに転倒した。
『くぅ…!』
 芋虫のように床を転がり、マキュージオから逃れるように体を横に倒す。
 肩でいざりながら逃れようとするのをマキュージオはジアコルドの肩を掴む。
 そして再び正面に向かせ、両膝を大きく割りながらのし掛かった。
 最後の抵抗のように、ジアコルドは顔を左にそらしている。…左目が自由だったための名残の行動だった。 眼帯をした左目が上になっていることに気付いたマキュージオは、その部分を覆っている長い髪を、そっとかき上げた。
驚いたように、ジアコルドの顔が向き直る。
 マキュージオの手が、馬皮製の眼帯に触れる。
『さわるな』
 突然はじかれたように、ジアコルドが叫んだ。
 しかし、マキュージオはやめようとしなかった。
『やめろ!マキュージオ、やめてくれ!!そこに触れるな』
 ジアコルドは全身をわななかせて、抵抗し、叫び続けた。
『そこだけは…やめてくれ!勘弁してくれ!!頼む…頼む…──────ああ』
 マキュージオの指先は眼帯をめくり上げた。ジアコルドは絶叫した。
隻眼王
 
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