『私を…殺すのか』
『─────殺す?─────まさか』
 冷酷な表情のまま、ハザは笑った。エンデニールの耳をつかむ指が、強まる。
『では─────なっ…!』
 突然、ハザはエンデニールの唇を奪った。驚きのあまり、エンデニールは目を見開く。噛みつくような口付けだった。唇を吸われ、歯の間から舌が侵入してくると、悪寒がして身が震えた。─────しかし、体は先程から数人がかりで羽交い締めにされている。エンデニールは凄まじい悪寒に力が抜けるのを感じながら、必死で顔をそむけた。が、ハザの大きな手が顔を両側から挟み込んできた。
『う…』
エンデニールは呻いた。呻きながら、ハザの舌に嬲られた。悪寒が全身に襲いかかる。薄目を開けると、少年達の嘲笑があった。それはエンデニールの誇りを傷つけるには十分であった。エンデニールは、なおも口内を嘗め回すハザの舌に、歯を立て、一気に噛み締めた。
『…がはっ!!─────貴様』
 激痛が走り、ハザは唇を離した。エンデニールを睨みつける唇の端から、血の筋が伝う。それを拭おうともせず、ハザは右の拳を振り上げ、エンデニールの頬を打った。顔の骨が砕けるような音がなり、エンデニールは意識が遠のいた。しかしすぐさま反対側の頬も打たれる。
『ぐ…』
 首がうなだれると、顎の下から、肘で打たれた。口の中で歯が舌を削り、エンデニールは血を吐いた。ひゅう、と喉が鳴った。次は腹に蹴りがきた。一発。二発。三発。四、五、六…続けて蹴り上げられ、エンデニールの体は前に倒れそうになった。そこにまた、顔への殴打が始まった。殴られ、蹴られ、感覚が麻痺した頃には、エンデニールの顔は醜く腫れ上がっていた。切れた唇と鼻孔から、流血している。肩で息をしながら、目の前のハザの拳がようやく降ろされた。
『つらが台無しだぜ、ハザ』
 呆れたような声が上がる。
『興醒めだ』
 別な声が同調した。この時点でエンデニールの意識は朦朧としていた。しかし、どうにか意識をつなぎ止め、機会を窺った。何か、反撃できる手立てがあれば。魔封じのミスリル銀さえなければ、反撃力は充分にあるのだ。
この程度の輩など、まとめてウィンダリエの餌食にしてくれるのに。
 ふいに顎がつかまれ、持ち上げられる。薄目しか開かなくなった視界に、ハザではない少年の顔があった。
『剥け』
 その言葉の意味を、エンデニールは行為をもって知らされた。
 拘束する手がせわしなくエンデニールの体をまさぐり、衣装を脱がしにかかった。
『…や、やめろ…止せ…!』
 切れた唇の痛みに、顔面を引きつらせてエンデニールは声をあげた。しかし聞き届けられることはなかった。上着がはぎとられ、シャツが引き裂かれる。
『下もだ』
 その声で靴まで脱がされ、エンデニールは丸裸になった。白い肌は、ハザの暴力の痕跡が無惨であった。しかし。
『どうだ。これで少しは見られる』
『そうだな』
『そうだな』
 少年達はそれを見て、満足げに頷きあった。その様子は、エンデニールに不可解の恐怖を与えた。腫れ上がった目をあげる。手下のひとりの手に、銀色に光る縄があった。
─────ミスリルの縄!!
『それは…!!ああ、やめろ!それは…お願いだ、やめてくれ、やめてくれ!!』
 半狂乱になったエンデニールの反応を愉快そうに眺めながら、手下は縄をエンデニールの細首にするりと巻き付けた。
『ぎゃあああああ─────!!!』
 ミスリル銀が肌に触れたとたん、雷に打たれたような激痛がエンデニールを襲った。縄に巻かれた部分が、煙を上げながら赤く焼け爛れていく。余りの暴れように、拘束する手下どもも躊躇するほどであった。
『ほう。よほどこいつが苦手と見えるな』
 服を脱がせろと命じた先程の少年が感慨深げに呟く。
『エルフ族が処刑に使うものだ。これで魔力を奪い、身柄を拘束したそうだ…そうだろう、エンデニール』
 ハザが目の前に立ちはだかる。激痛に悶えるエンデニールを無表情に見詰めながら、ミスリルの縄をエンデニールの喉元で結ぶ。まるで罪人か、あるいは犬のように。
『手を離せ』
 命じられ、エンデニールの四肢を掴んでいた腕が離れた。途端に膝が落ちる。そこへ、首の縄が引かれる。
『っああああ!!!』
 焼けるような痛みと、絞首がエンデニールを襲った。とっさに、縄目に両の指をかける。しかしその指先がミスリルに焼かれ、エンデニールはまた悲鳴をあげた。行き場を失った両手が空をもがき、縄を持つハザの足下にすがる。
 ハザはそれを、汚物でも払い除けるように蹴りつけた。エンデニールは床に転がった。
 四肢は震え、両手を床につき、咳き込む。
森の貴族