「俺は」
 えー。俺は…。
 いざ問われたものの、答えが浮かばない。大河内は御陵の父親で、黒木は御陵の恋人で、周も御陵の恋人で。じゃあ、俺は?元を辿れば、黒木の客だ。でもそれから、有難くない縁が続いている。叶うものなら断ち切りたい縁が。つまり俺がそう望む限りは、俺と黒木の関係は無関係に近いということになる。
 だったら、この状況は、はい失礼しました、で見捨てるのが普通?───じゃあ、ない、よな。
「俺は」
 深く息を吸い込み、吐いた。
「通りすがりだ!!!!」
 その一言で、場が一気に凍結するのを、俺は実感した。
 だってそうだろ?しょうがないだろ?───他にどう答えろってんだよ…?

「ただの通りすがりがしゃしゃり出てきて何しようってんだ?邪魔するなら、てめえも蹴るぜ?」
 暫くの間を置いて、御陵が俺に言った。その目は、脅しじゃなかった。
「どけよ」
 怒鳴られる。俺の足は竦み上がって、腹の底が重く冷えだしていた。だが、首を振って拒否した。
「どかない」
 ふいに腰の辺りに風が起こった。御陵の片足が動いたせいだ。俺はとっさに叫んだ。
「───いいかげんにしろよ!」
「あ?」
 御陵の動きが止まった。その途端、俺の中の躊躇いが一気に消失した。
「確かにこのオッサン、いや、大河内さんは変人だ。どうしようもない変態だよ。ホモだし、オカマだし、オッサンだし、変態だし───本当に、こんな人がもしも自分の父親だったらと思うと、俺もあんたみたいな行動を取ると思う」
「キ、キフネさぁ〜ん…そんなあ……」
「だけどな」
 俺は御陵の目を見据えた。
「死んで償えって……いくら何でも、そこまで言う必要は、ないんじゃないか?────俺は、あんたが今までどんな人生を送ってきたのか知らないし、昔の大河内さんがあんたにとってどれだけ悪い父親だったかも、子供のあんたにしか、わからないと思う。
 だけど、今の大河内さんは、昔の大河内さんと、違う。昔のまま変わっていなかったら、こうして偶然出会って、正直に名乗り上げて、こんな風に…黙ってあんたの好きにさせたりしない──あんたに対して悪いと思ってるから、詫びたいと心底思ってるから、こうしてるんだろ。
 それに、どんなにひどい親で、挙句に捨てられたとしても、あんたはずっとあんた一人だけで生きてきたわけじゃない。………絶対に、誰かが傍に居て、だから、あんたも今、まともに生きてるんだ。親を恨むこと以外の人生だってあったはずだ。そうだろ?…思い出とか、出会いとか、それを台無しにしてでも親を殺したいと──あんた、本気で考えてるのか?…もしもそうなら、そんな恨み、晴らしたって意味がない。それは、親を理由に、自分の人生を自分で壊してるだけだ」
 言い終えて、俺は息を吸い込んで、深く吐き出した。言ってやった。的を得ているとか、筋が通ってるかとか、考える暇はなかったが、言いたいことは言えたと思う。
 その時俺の横の視界で、気配が動いた。そこには、周が立っていたはずだった。
 御陵の目が揺らぐ。そして俺を見るでもなく俯いた。
「───何も知らねえ奴が…てめえなんかに何がわかるんだ」
 激情が、再び立ち上ってくる予感がした。しかし俺は、怯まなかった。
「大河内さんは、あんたと離れてから、今までずっと、あんたの行方を捜してたんだぞ」
「!!」
 御陵の表情が一変した。
「あんたを手放したことを大河内さんは後悔して、そして心を入れ換えて───必死で働いて、働きながらずっと、あんたを捜してたんだよ!───そうですよね?!」
 俺は振り返って、大河内に同意を求めた。大河内はおそるおそる顔を上げ、震えながら頷いた。
 その顔を、御陵が睨む。
「嘘だ」
「嘘じゃない…」
「じゃあ、何で。何でもっと早く…」
 すると大河内は黙って周の方を見た。わずかに、顔が歪んでいる。痛みのせいなのか、それとも別の感情の表れなのか、判別できない。
「妨害されてたんだ。ずっと……興信所を雇えば、脅迫まがいのことをされて…仕舞いにはどの興信所も引き受けてくれなくなった。それでも諦めずに、どんな手段も選ばずにお前を取り戻そうとした。でも、上手くいかなくて…結局、教団が解体しても、お前の消息は掴めなかった……」
「本当なのか」
 御陵は周に向かって訊ねた。
「………」
 周はいつの間にか新しい煙草を咥えていた。思案気に宙を仰ぎ見ている。
 御陵の、周を見る目つきが鋭くなる。
「てめえ…」
「…素人は、後先考えないんだから困る」
 周は目を伏せ、そう呟くと、ふ、と煙を吐き、大河内の方を向いた。
「あの時は苦労したよ。身内から逮捕者まで出したからね。───大河内さん、あんた俺と会った時、あんなにボロボロだったのにねぇ。それがここまでよくもまあ、巻き返したもんだ。凄いよ。───息子一人取り戻すために、教団1つがパアだもんな」
 えーっ!!
 俺は思わず大河内を見た。