「ビー玉…?」
 それにしては、見たことのない赤い色だった。輝きも鈍くて、ガラスというより、石に近い。
「差し上げます」
 大河内は言ったが、正直、貰いたくない、と思った。断ろうとして顔を上げると、寂しそうな顔とぶつかった。
「それ…一夜が持っていたものなんです。あの子が、赤ん坊の頃から気に入っていて、手に握って遊んでいた……あたしから離れていく頃には、家に置き忘れてしまってましたけど。だからかわりにあたしが持って、いつの間にかあの子の身代わりと思うようになった…」
「じゃあ、大事な物じゃないですか。何で、俺に」
「黒木さんに、と思って持って来ました。───あたしはもう、息子に会えたから、いいんです。もうあの子はあの子の望む人生を生きて行ったらいい。あたしは、あたしの社員という家族をせめてこれから、もっともっと大事にしていきます。身代わりなんかじゃなく、ね…」
 大河内は笑った。その顔を見ていられなくなった俺は、赤い玉を握り締めると、上着のポケットに入れた。
 大河内はそれを見届けると、俺に背を向けた。
「大河内さん」
 俺が呼ぶと、大河内は振り向いた。
「あの…本当に、良かったんですか」
 大河内が怪訝そうに眉をひそめる。
「うまく、言えないんですけど…その、何年も待ってて、やっと出会えたのに…あんな……」
 大河内は再び背を向けた。そして言った。
「キフネさん……子供ってのぁ…親を選べないもんなんですよ。だから、子供の不幸は、親のせいなんです。全部、ね」
「………はあ」
「でももし、一夜から連絡あったら、あたしにも一報下さいね」
 いや、たぶん、ないと思いますけど。
 俺は言いかけて、その言葉を飲み込んだ。
 大河内はそのままテスタロッサに乗り込むと、快調なエンジン音を吹かして、農道の彼方へ消えていった。
 どっと疲れを感じた俺は、無人駅の改札を抜け、荒れたコンクリートのホームに出た。瓦屋根の下のベンチに、黒木が座っていた。

「───あと40分待ち?!……本当に来るのかこれ?ちょっと黒木さん、ペンションの時刻表と全然違うみたいなんですけど…黒木さん?」
 ホームの時刻表を見た俺は、軽いパニックになって黒木に声を掛けた。
 が、反応は無言だった。
「………」
 大河内に貰った土産袋を膝に乗せたまま、抜け殻のように座っている。
「黒木さん?」
 心配になって、俺は黒木に近付いて顔を覗き込んだ。
 すると横を向いていた黒木の顔が、鈍い動作で俺の方を向いた。
「あ……キフネさん」
 寝惚け眼が、本当に起き抜けのように、澱んでいる。
「だ、大丈夫ですか?」
 思わず言ってしまった。考えてみれば、まともに寝てないんだ、俺達。しかし同じ条件下に居た俺はというと、そこまで疲れていないというのが本音だ。黒木の場合は、原因は───御陵だろう。
 俺は黒木の隣に腰を下ろした。黒木の視線は足元に落ち込んでいる。
 何か言葉をかけたいと思ったが、ほんの数時間前に失恋したばかりの人間にかけるべき言葉って?…
 などと思いあぐねていると、黒木が口を開いた。
「二度目です…」
「へ?何が?」
 俺は聞き返した。
「本当に好きだった人に、振られました…」
「え?!」
 俺は驚いた。確かこいつ、学生時代に20人と付き合ったとかって…そうか、最初の女だな。あの、イタリアに行ったとかいう。でも、そこまで真剣だったようにも思えなかったけど。
「………そう落ち込まずに、元気出してくださいよ」
「……………キフネさん、意外と優しいんですね」
「え?…ま、まあな。俺だって同じような経験あるし……他の男に取られるのは、まあ、悔しかったけど。今思えば、それが彼女の幸せって結果になったしな…俺も、これからもっと頑張れば、また出会いがあると思ってるし…とは言いながらも、どうしても前の彼女と似た女の子を意識するけど。話し方とか髪形とか…でも、そんな出会いの中から、いつか本当の恋に変わればそれでいいと思う」
 黒木は俺の言葉を黙って聞いていた。心身共に弱くなっている黒木に気付く。
 俺は何だか、爽快な気分を味わっていた。
「黒木さんも、新しい恋に駆ければいいじゃないすか。ね?!」
「……………駄目です」
「まあねえ…確かに急には誰だって無理ですよ。でも早く気持ちを切り替えないと!いつまでも引き摺っちゃあ、出会いのチャンスも逃がしますよ!?」
「無理です……」
「大丈夫ですって!黒木さん、よく見ると結構男前だし!職業は確かに相当特殊ですけど、世間には変わった仕事の人がいいって人もいるし!」
「代わりなんて、いない」
「そうだ、今度俺の友達と合コンしますか?!」
 最後のこれは冗談だ。黒木なんか連れて行ったら、二度と合コンなんか誘ってもらえないだろう。
 普通一般人の俺が、霊媒師の黒木に比べたらどれだけ出会いに恵まれているか、思い知れ。