真ん中の大河内は、蹲った体勢から起き上がり、正座座りをしていた。
「?」
 不審に思った俺は、大河内を凝視した。
「!!!!!!!!!!!!」
 正座した大河内の両の手は、体の中心に置かれている。姿勢は猫背になっている。
「社長……」
 スタッフの中の誰かが、茫然と言った。
 こいつ…この…オヤジ……!!!!!!!
 大河内は俺の視線に気がつくと、こちらを見て、てへっと笑い、頭を掻いた。
「いや〜〜……面目ない」
 実の息子に蹴られて───勃起だと!????
「あと10回蹴られてたら、出ちゃうとこでしたよ…もう年ですねえ」
 あはははは、と大河内は流血した顔のまま笑った。
「………変態ですね」
 黒木が言った。
「…俺が止めに入ったのは、一体何だったんだ?」
 ひどい後悔が俺を襲った。
「でも、気持ちはわかります」
「何で?!!」
「……僕も一度くらい、蹴られてみたかった」
 ああ、もう…何というか……

 最低だーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!


 そして夜が明けた。
 ペンションうらすぎに用のなくなった俺と黒木は、家まで送らせて欲しい、という大河内の申し出を断って、うらすぎ村の駅から始発で帰ることにした。ホモAVに出演させられそうになったり、黒木が失恋したり、大河内が実の息子に再会したりと、一晩で色々な事が起き過ぎて、俺は心底疲れていたが、一刻も早くここから立ち去りたかった。もう金輪際、大河内とは絶対に係わり合いになりたくないと思った。
 とは言っても、いくら何でも山奥のペンションから駅まで歩く気はなかったので、俺達は大河内の運転する紫色のテスタロッサで駅まで向かった。バックミラーの隅に映る大河内のこめかみには、包帯があった。サングラスを割られた時、目の周りを切ったらしい。頬のあたりも青黒い痣になっていた。相当痛そうだが、自業自得だとも思う。

「着きましたよ」
 うらすぎ、と杉の板に筆で黒々と書かれた無人駅の姿を見ると、懐かしさを覚えた。これでやっと、やっと帰れるんだ… 現実に!感無量だよ、こん畜生!!
「お二人とも、手荷物はありませんでしたよね?」
 やけに腰の低い様子で、大河内はテスタロッサのトランクを開け、いそいそと重そうな紙袋を2つ取り出した。
 うらすぎ、と黒い筆文字のロゴの入った化粧箱が覗いている。
「それ…」
「はい。吟醸うらすぎです。お二人のお土産に…どうぞ!」
「本当にあったんだ…?」
 半ば押し付けられるように受け取った俺は、腕の中の五合瓶を眺めて呟いた。大河内がビデオ用に作った小道具だと思っていた。紙袋の中にはその他、饅頭らしい箱も見える。
「ええ。正真正銘、村の伝統品で名物ですので───あ、本物には、精液は入っていませんので。ご心配なく」
「あんたなぁ……」
 その本物使って、AV撮ろうとしてたよな?!
 もし完成してたらこの村、終わってたぞ?
「何か?」
 俺が呆れていると、大河内は小首を傾げて言った。
「いや、何でもないです」
「またいつか、遊びに来てくださいね。お二人には特別にサービスさせていただきますから」
「結構です!!───ていうか、ここにずっと居つく気なのかあんた?!」
「うーん。息子に会うことが目的で住み始めたから、その目的は果たせたんですけどね…気持ちの整理がつくまでは、いると思いますよ。部屋も来年まで、予約でいっぱいですしね…」
「へえ…」 
 何だよ。
 ペンションうらすぎ、人気宿じゃねーか!!
 呆れながら、ふと後ろを振り返ると、黒木が俺を置いて駅のホームに出て行くところだった。
「あ、黒木さん…じゃあ大河内さん、お世話になりました。それじゃ」
 俺も慌てて後を追おうとする。
「キフネさん!」
 すると大河内が呼び止めた。
「え?」
「これ…」
 大河内の手の中に、何かが握られていた。それが、俺の方へ手渡される。思わず受け取ると、ひんやりと冷たい、小さな玉だった。