『大丈夫か』
 背後から低い声がそう言った。水を含んだ靴音がして、近付いてくる。
『ハザ』
 セヴェリエは振り返った。
『今戻った』
 セヴェリエが見上げるほどの長身が皮のフードをとって頭を振るうと、水しぶきが降ってきた。マントを脱ぎながら大股で暖炉に近付くと、手際良く薪をくべ、火を焚いた。その後から入ってきたのはブレイムだった。ハザと同じようにずぶ濡れだったが、体を拭く布と葡萄酒の瓶を手に持っていた。
 セヴェリエは立ち上がり、ハザのマントを受け取ろうとした。
『熱い湯なら今用意しよう。菩提樹茶が───』
  しかしハザはその手に渡すことなく、濡れたマントを暖炉の傍に乱雑に置いた。
『酒がいい』
そう言ってブレイムから布を受け取ると、ハザは濡れた頭を拭き、葡萄酒の瓶口から直に酒を流し込んだ。咎めるようなセヴェリエの視線を無視して、濡れた皮長靴を脱ぎ捨て、上半身の濡れた服も全て脱ぎ捨てる。筋肉に覆われた、見事な均整の肉体があらわれる。
セヴェリエと同じ19歳だったハザは、この三年間でより精悍になり、一人前の男として、また戦士としての風格がそなわっていた。ただし、燃えるような赤毛をなびかせた凶相の大男としては、相変わらず南の領民に恐れられる存在でもあった。もっともそれは、今もなお苔穴に暮らす難民たちを守るための牽制であるのだが。
上半身を拭き終えたハザがさらに下を脱ごうとすると、その肩に、布のかたまりが降って来た。
 手にとって広げてみると、よく乾いたローブだった。驚いてセヴェリエを見る。
『ここで裸になる気か?』
『……』
ハザは三白眼を細めて鼻で笑うと、ローブに袖を通した。
『セヴェリエ。俺には菩提樹のお茶をくれ』
『────』
 振り返って、セヴェリエは目を見開いた。
 いつのまにかブレイムは着ているものをすっかり脱ぎさり、素裸で床の上に胡坐をかいていた。
入浴の概念を持たない獣使いの垢だらけの肌を隠すように、セヴェリエはもう一着のローブを投げて寄越した。

 蜂蜜入りの菩提樹茶を飲み干してしまうと、ブレイムは生乾きの自分の服に着替えてまた表へ出て行った。狼が心配なのだという。聖なる森に現われた魔物は日毎その数を増やし、その範囲を広げているところだったが、柳森や苔穴周辺の森に及ぶほどではなかった。しかしブレイムの銀狼は特定の巣を持たず単独で樹海を移動するため、聖なる森に必ずしも近付かぬとは言い難かった。
『もしものことが起きなければいいが…』
 芝生の上に飛沫を飛ばしながら駆けていくブレイムを窓から見下ろしていたセヴェリエは呟いた。
『樹海のことなら、魔物よりブレイムの方が熟知しているだろう』
 暖炉の前に移動した長椅子に寝そべりながら酒をあおっていたハザが言った。『それより』
 ハザは瓶を足元に置くと、近付いてきたセヴェリエに向かい合うように座り直した。
『お前はもう表に出ない方がいい』
 警告とも、命令とも取れる口調だった。大きな体格と三白眼だけでも存分に迫力がある。しかしセヴェリエはまったく動じる様子はなく、問い返す。
『なぜ』
『<銀色の若賢者>がこの柳森に居ると、南の者が噂している。それに領民だけではなく、オエセルの王族の耳にまで、お前の噂が届いているらしい』
『………』
『噂がもし真実なら、オエセル王家の者が必ずここに来るだろう。エンデニールのことを知らない奴等が事実を知れば、お前は必ず捕らえられる』
 ハザの言葉に耳を傾けながら、セヴェリエは思いを巡らせるような表情をしていたが、やがて口を開いた。
三年