『───だが、サラフィナスは?』
 伏せていた眼を上げ、セヴェリエは言った。するとハザの眼が明らかな嫌悪を浮かべ、忌々しげに横を向いた。
『…それは、俺が引き受ける』
『無理だろう。ハザ、お前は苔穴の人々を守らなくては──それに、いくらお前が強くても、魔物の群れに一人では太刀打ち出来ない。さいわい、魔物たちには私の魔法が効く。あの森へ行くのは、私しかいないと思う』
『セヴェリエ』
『一刻も早くサラフィナスを探し出し、魔物たちのことを解明しなければ、状況はもっと悪化する』
『セヴェリエ』
 苛立たしげにハザは声を上げた。
『お前がサラフィナスを慕う気持ちはわからんでもない。魔物の解明をするのも結構だ。──だが現実は、お前や俺が思うようには働かない。南の地は、今日俺達が見た限りでもかなり混乱している。俺が山賊として奴らとやり合っていた頃に戻りつつある。───そこに<銀色の若賢者様>が現われたとなれば、どうなると思う?かつての王族が頼りにならないとなれば、南の民はこぞってお前を拠り所にして崇め奉るのは必然だ。そうなってしまえばどうなるか…』
『ハザ───それは、考え過ぎだ』
『俺は自分の目で見たことを語っただけだ』
 ハザは言うと、再び葡萄酒を口にした。セヴェリエは感情を堪え、ハザから背をそむけた。
 ハザの言葉に反論する気はなかった。南の地の現状は、未だ里へ下りたことがないセヴェリエにはわからなかったが、森で出会った狩人達の、痩せ細りながらそれでも日々の糧を得なければならぬ過酷な様子は気になっていた。何故いつまでも満たされないのか───それはあらゆるものが不足していて、たとえ得ることがかなっても、たちまち搾取されるからだった。力の弱い者が、力の強い者に。
 そしてさらにより力の強い者が現われると、最も力の弱い者が最も多く搾取されていくのだ。
 南のそういった状況に、自分のような存在がどう受け入れられるのか、セヴェリエは考えたこともなかった。
(私はただ、襲われた人々を救っただけだというのに…)
 虚しさがセヴェリエの心を包み、二人の間に重い空気が流れた。
『サラフィナスだが』
 長い沈黙を破って、ハザが切り出す。が、その後に言葉は続かなかった。思いつめたような表情だった。
『どうした?』
 セヴェリエは訊ねた。ハザの赤毛が暖炉の火に照らされている。眼差しは炎の中にそそがれ、暫く沈黙が続く。
『四ヶ月だ………』
 言葉の意味を理解できず、セヴェリエはハザを怪訝に見守った。するとハザが思い切ったようにセヴェリエを見返した。
『捜索は中断すべきだと思う』
『中断』
 その言葉に、セヴェリエは衝撃を隠せなかった。なぜ、と問う前に、ハザは言葉を続けた。
『さっきも言ったとおり、こんな状況だ。魔物の動きも注意しなければならないが、それにかまけて自分達の足元が崩れては元も子もない。───お前の気持ちは理解している。だから黙ってきたが、俺は以前から考えていた』
『……でも』
 セヴェリエは困惑した。あまりに突然の話だった。
『それに四ヶ月もの間、樹海の奥を探し回って手掛かりひとつない。事故でもあって死んだなら、その形跡が残らなければ不自然だ。となれば、サラフィナスはどこかで生きていて、何らかの事情でそれを知らせることができないだけだと俺は思う』
『事情とは?』
『さあな』
 ハザはつい山賊の時の癖を出した後、取り繕うように言った。
『何者かに拉致されたというところだ。南の地の無法者の類か、その辺りの追剥か。そのいずれでもなければ、魔物に骨まで喰われたということになるが。または故意の失踪という見方もある。第一、無責任な男だ。俺はその線を推すがね』
『……!』
 セヴェリエの形相が変わった。怒りと軽蔑の目がハザに向けられる。
『よくもそんな…』
『詫びる気はない』
 三白眼を冷たく据えたまま、ハザは言った。ふと、セヴェリエの表情が哀しみに覆われる。
『ハザ…お前は───エンデニールの事でまだ、彼を許していないから……』
 すると今度はハザの顔が一変し、セヴェリエに襲い掛かるような勢いで立ち上がった。
 セヴェリエは一瞬身を硬くしたが、ハザはセヴェリエを激しく睨み付けただけで無言のまま、扉へ向かった。
『どこへ行く』
 セヴェリエは訊ねたが、行き先はわかっていた。エンデニールの寝室だろう。
 ハザはセヴェリエの問いに答えぬまま、床を踏み鳴らして扉の外へ姿を消していった。
三年