『は…ぁっ!あ』
 背後から抱えたセヴェリエの半身がびくりと波打った。濡れた布が張りついたまま勃起した杭に、布の上からハザの手が包み込み、根元からさするように先端までを撫でたのだった。冷えた布に包まれた肉塊の形を確かめるように揉む。すると大きく開かれた両脚がきゅっと閉じて、爪先をもどかしげに動かした。
『あ…あ……あ……あ…』
 断続的に吐き出される悶えは甘く、先程までの様子が嘘のように、セヴェリエの体は弛緩し、愛撫を受けている腰がハザの手を乞うようにくねる。ハザの手は規則的な動きでセヴェリエの中心を何度も擦り上げる。濡れた布越しでは、目で確かめることは難しかったが、先走りがしとどに溢れているはずだった。
 肩口に、セヴェリエの頭部が凭れかかる。互いの顔が触れ合う距離で、喘ぎと息使いを感じた。閉じた両脚は再び徐々に開いて、終いには大きく足を開く体勢になっていた。セヴェリエは全身で感じていた。ハザの手は既に拘束するのをやめ、快感に溺れる皮膚を刺激することに熱中していた。かたくなった胸の先を指先で擦り、抓み上げ、押し潰す。それだけではなく、舌先で首筋を責めた。耳に歯を立て、さらに顎を掴むと、背後から無理矢理に口付けた。
『っ…、んっ』
 咥内を貪るように舌を絡めながら杭への愛撫を再開する。放り出されていた快感が呼び戻され、口付けに応じるセヴェリエが耐え切れない声をあげた。
『あ!!あっ、あ、あ』
 全身が震えたかと思うと、セヴェリエの腰が浮き上がり、さらに強く二度、三度と大きく震えた。ハザの手の中に、温かいぬめりが広がっていく。
『は……っ』
 全てを出し切って、セヴェリエは息を吐いた。その肩が掴まれて濡れた地面に倒されると、その上にハザの体が覆い被さった。放出したばかりのセヴェリエの肌に舌を這わせて膝を割る。衣服の機能をなくした夜着を力任せに引き裂いて、胸を剥き出しにした。ハザはすっかり理性を失っていた。セヴェリエの果てる姿を見て、衝動を抑えられなくなっていた。目の前にいるのが誰であろうと、もはや構わなかった。煽られた欲望を処理することだけを考えた。 その時。
(ハザ)
 ハザの耳に、突如自分を呼ぶ声がした。雨の音に紛れ、誰の声なのかはわからない。背後の、幾重にも重なった霧の向こうで気配が動いた。正体はわからなかったが、ハザがよく知っている、そんな声だった。
───エンデニール。
 我に返ると、セヴェリエの瞳と目が合った。濡れた髪がもつれた顔は紅潮を残していたが、未だ狂気の悪夢に苦しんでいた。快楽に狂う弛緩した笑顔と、そんな己の姿に怯え嫌悪する顔が、交錯している。それでも錯乱状態は脱したのか、地面に投げ出された手足は、そのまま動くことはなかった。
『…………』
 ハザは唇を噛んだ。たちまち興奮が醒め、自分の行為を悔いた。やっとの思いですまない、と口に出したが、声色はしわがれ、惨めなものだった。ハザはセヴェリエの体から退き、自分のマントをセヴェリエの上にかけた。『歩けるか。歩けなければ、俺に掴まれ』
 そうして二人は豪雨の森を歩いて海市館に戻った。

 幾日かが過ぎ、セヴェリエはサラフィナスの治療を受けた。肉体の傷はすっかり癒えていたが、セヴェリエの精神は相変わらず異常をきたした状態だった。寝台に横たわったまま口をきかず、放心したような顔で一日中過ごしていたかと思えば、急に暴れ出して部屋中を壊してまわり、挙句には自らを傷つけることさえあった。その度にハザとブレイムが昼夜を問わず取り押さえるはめになったが、錯乱に陥ったセヴェリエは、その体格からは想像も出来ないほどの力を振るい、叫び声はまるで悪鬼にとり憑かれたかのようだった。
 夜中数時間にも及ぶ錯乱が連続したある夜、ハザはとうとうサラフィナスに詰め寄った。
『何とかならないのか』
 家具や壁は殆ど壊され、吐瀉物と失禁の臭いが充満した寝室に失神したセヴェリエを運び入れ、再び暴れぬように縄で体を縛る。手首と足首に、痛々しい縄の跡が赤く腫れあがって鬱血している。まるで罪人のようだった。
 セヴェリエの体を縛っているハザの隣で、サラフィナスは水薬を調合していた。
『薬が効くまで時間がかかるのだ。特にこの薬は、個人差がある。正常な状態と不安定が交互に繰り返されながら、徐々に平衡を取り戻すのだ。心の傷が深ければ深いほど、時間はかかる…』
 サラフィナスは混ざり終えた乳鉢の中身に小さな綿の塊を浸すと、薬の染み込んだ綿を寝ているセヴェリエの口へ運んだ。精神に何らかの強い衝撃を受けたせいで、脳に障害が起きているのだと、サラフィナスは最初にそう言った。正常な脳の働きを促進させる物質を投与して治療するのだという。しかしもはや、ハザをはじめ、ブレイムもサラフィナスも、すっかり疲弊していた。
『何が原因だ。やはりあの爆発か?』
『それもあると思うが……』
 投薬を続けながら、サラフィナスは言葉を濁した。手が止まり、セヴェリエからわずかに身を退く。拘束された体が動きだした。寝台の上をのたうつ。眠ったままの呼吸が次第に激しくなる。
『まただ』
 サラフィナスはハザを見て言った。セヴェリエの顔色がのぼせたような熱を帯びる。サラフィナスは、背を丸めて苦しみ出したセヴェリエの足の間に手を入れ、勃ち上がった性器を擦った。するとセヴェリエの顔が弛緩していく。荒い息がおさまり、官能的な喘ぎに変わった。サラフィナスの行為は事務的で、表情には何の感想も窺えなかったが、セヴェリエはサラフィナスの手の動きに合わせて、体を揺すっていた。ハザはつい目を逸らした。
『どうしてこうなる?』
 背を向けて、サラフィナスに訊ねた。ひときわ高い嬌声があがり、耳を塞ぎたくなる。サラフィナスは冷静な声で答えた。
『こういう目に遭ってきた、ということだな───可哀想に』
 哀れむようにサラフィナスは言った。聖オリビエ教の教義では、同性愛を禁じ迫害している。ましてや修道士となれば、性行為自体はおろか想像する事すら恥としている。旅の間、どんな事がセヴェリエに起こったのか想像したくはなかったが、修道士という身分を汚されたことは、彼にとっておそらく死以上の苦しみであり、これ以上の侮辱はないように思えた。処理が済むと、セヴェリエはぐったりとしてやがて深い眠りへと落ちていった。
『さまざまなものが彼の中に居て、それらがまるで拮抗しているようだな』
 深く息をつくと、サラフィナスはセヴェリエの寝台から離れた。
『死ぬほど辛いことだろう。おそらく正常に戻っても、彼は自決を望むかもしれん』
 サラフィナスに怒りの目が向いた。
『だが生かさなければならん』
『…………勿論だ』

三年