『怪我はないか』
 セヴェリエが問うと、暗い視界でハザが口角を曲げた。
『手錠を』
 城騎士が鍵を持ち、ハザの手錠を外す。そうして、二人は城内に用意された部屋へと入った。
 すっかり夜の更けた部屋で、さっそく休むなどということはせず、起こってしまった出来事に考えを巡らせる。
 計略にかけられてしまった、という意識が、セヴェリエにもハザにも合致していた。
『俺のせいだ』
 ハザは忌々しげに言った。腹の底で感情が燻っているのか、両の手を重ね握り締め、何度も擦り付けている。
 セヴェリエは窓の枠口に佇んでいた。
『違う。オエセルはいずれにしても、私をこうするつもりだったのだ。───大姫と話して、そう感じた。ただ不可解なのは、何故今なのかということだ。魔物の被害は実際森の奥でしか起こっていない。極端な話、近付かなければ被害は及ばない。それでも恐れ、討伐しようとしている。 大姫の話では、オエセルの兵の数は減り続けている一方だという。そのような状況で、ひとの力の敵わない魔物に立ち向かおうとしている』
『………確かにな』ハザの表情がこわばる。『オエセルは、戦後に起きた混乱に対して全てと言っていいほど無関心を決め込んできた。難民問題ばかりでなく、自分達の領民に対してもだ。───内戦が起きて、俺達が死ぬ思いでいる間も、この壁の中に閉じ篭って、何もしなかった。大姫は、俺達のことを何か言っていたのか?』
 セヴェリエは首を横に振った。
『お前が聞けば、呆れるようなことばかり』
『思ったとおりだ』
 ハザは鼻で笑った。そして深い息を吐く。
『ろくに政治を知らぬくせに、領主を気取っていたに違いない。悪知恵の働く家来につけこまれて、いいようにされて、その挙句に王家を崩壊させたというわけか───』
『崩壊?』
 セヴェリエは聞き返した。
 ハザの三白眼が、部屋の調度品を見渡す。
『王国が倒れるほどの大戦、相次ぐ内戦、さらに難民問題。これだけの害を受けて、無傷であるはずがない。田畑も焼かれ、街も焼かれ、数年前から徴税不能になっているんだ。税をおさめる民がいないからな。この通り、見かけはよくても───事実内情は悲惨だという話だ。城の家来の食料や家財を取り上げて財政を立て直そうとして、家臣から下働きまで皆逃げたとか。唯一残っている城騎士はと言えば……』
 ハザはそこで言葉を切った。セヴェリエが続きを乞うと、苦々しく口を開いた。
『大姫と王女の愛人になって引き止められているのだという…あくまで噂だが』
 それを聞いて、セヴェリエにも思い至った気がした。ユリの香りが、脳裏に蘇ってくる。
『それでも、引き受けるのか』
 気遣うように、ハザが訊ねる。セヴェリエは薄く笑って窓の傍から離れた。
『そうしなければ、ハザが牢に入れられてしまう』
『俺のことは───』
『そうなったら、私はエンデニールと苔穴の人々に恨まれる』
『………』
 ハザは押し黙った。胸中では、オエセル王家に対する憎しみが増幅していた。無論、オエセルはエンデニールの現状を知る由はない。けれども卑怯だとしか思えなかった。いっそ関わり合いになりたくないと望んできた相手に、従わなければならない。従わなければ、この地には居られなくなる。すなわち、エンデニールの傍にも。苔穴も、守れない。
『ハザ。どうかしたか』
 セヴェリエが傍らに寄る。ハザの目は重く曇っていた。
『俺がオエセルに関わったことで苔穴に手が及ぶのかと思うと、心配だ』
 海市館には、結界がある。しかし、苔穴は。
 ハザの肩の上に、セヴェリエの手が触れた。
『大丈夫だ』
 そう言って、ハザの正面から肩を掴む。
『私がなんとかする』
『………』
 ハザは弱気を恥じた。頷き、肩に置かれた手を握り返そうとした。
 しかし突然、意識が重くなった。
 眠りに堕ちるように脱力する。声をあげようとしたが、かなわなかった。

『ハザ』
 セヴェリエが呼ぶと、ハザは顔を上げた。三白眼の瞳孔が肥大している。呼ばれても、声を出して返事をすることはない。セヴェリエの口元に、妖しい笑みが浮かんだ。床の上にハザの身体を横たえる。
 ハザは瞼を開けたまま、規則正しい呼吸を繰り返している。普段の険しさが抜けた顔は、別人のようだった。その上に重なる。広い胸は硬いようでいて、触れると筋肉のやわらかさが感じられた。服を脱がしながら、薄い褐色の肌に口づけを落とす。その度に昂ぶっていく体温を知り、セヴェリエの表情が歓喜に変わった。そしてみずからも、身に纏ったローブを脱ぎ捨てる。
 裸になってからの接吻は次第に食むような動きに変わり、ハザの肌は唾液の艶で光るほどになった。余すところなく愛撫され、自然、身体の中心は起ち上がる。しかしそこは、いまだ一度も触れられていない。弓形に張り詰めた肉色の杭を見て、セヴェリエは唾液に濡れた唇を舐めた。
 ハザの目は空虚を映したまま、動かない。自分が何をされているのか、その意識は深い水底に沈められて、理解できない。セヴェリエはハザの胸の上に自分の裸の胸をのせ、よじ登るようにして顔を近づけた。
 角ばった顎に唇を落とし、引き結ばれた唇に指先を這わせる。そのまま耳の後ろに移動し、くせのある赤毛を梳いた。唇を重ねていく。するとハザの唇がおのずと受け入れるように開いた。暫く唇を合わせたあと、セヴェリエの指はハザの下腹に伸び、ようやく杭の表面に触れた。
 指先から、緊張と脈動が伝わってくる。その感触を愉しみながら、空いた手で身体の起伏を撫でた。
嘆きの大姫
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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