いとおしい身体だった。若く、ずば抜けて大きく強く、逞しい。そしてその心は清い。そうでありながら、血生臭い。この身体が味わってきた苦しみと痛みが、身体のいたるところに染み付いている。
 セヴェリエの双眸が淫靡に光る。指先に丹念に唾液を擦り付け、ハザを自分の中へ導く頃には、己の杭も昂ぶりを示していた。内部を割り入ってくる圧迫は、痛みと不快をセヴェリエに与える。しかしセヴェリエの神経は、それを甘い快感と感じるのだった。下腹の奥で、張り詰めた肉が収縮し、暴行している。その暴行を促すのは、セヴェリエ自身の動作だった。熱狂的に腰を揺らして漏らす声は、痛みに悶えるそれと変わりなかった。全身は紅潮しているのに、震えが止まらない。歯を噛み合わせることもできなかった。痛い。苦しい。そう感覚が訴える度に、相反して心は高揚していく。潤む目で、ハザの冷たい顔を見下ろした。
『ハザ…』
 息を継ぎながら、切なげな声で呼ぶ。窪んだ目を宙に向け、ハザは肉体だけを昂ぶらせている。セヴェリエが動きを中断すると、下から反動のように突いてくる。揺られて啼きながら、セヴェリエは訊ねた。
『エンデニールと私では、どちらの具合が良い』
 しかしその問い掛けに、返答はなかった。

 風の冷たさに、ニンフレイは目を醒ました。床につく前から、寝室の窓は閉めていたはずである。
 今夜は誰も閨に呼んでいない。それを無断で入ってきたというのなら、許し難いことだった。横たわったままで耳を澄ますと、確かに近付いてくる人の気配がある。ニンフレイは怒りを感じた。気配に背を向けたままで、誰です、と訊ねた。
『私です』
 耳元で囁かれ、驚いた。顔を向けると、口づけられた。それも束の間で、すぐに離れていく。羽毛のつまった褥が、二人分の体重で跳ねあがった。ニンフレイを見つめているのは、白い素肌を晒したセヴェリエだった。
 青白い光に照らされ、暗く翳った美しい顔に、緑色の瞳だけが光っている。
 ニンフレイは息を呑んだ。恐怖を感じたが、胸の鼓動は次第に、高鳴りへ変わっていく。見つめられる視線に怯えることなく応じる。セヴェリエは一糸纏わぬ姿だった。
城の男達と比べると、随分華奢で薄い胸だった。腕も足も、ニンフレイに比べれば長いが、細い。しかしその造形ひとつひとつが美しく、ニンフレイを惹きつけた。
 これから自分が何をされるのか、ニンフレイは理解していたが、黙って受け入れる気はなかった。
『何をなさるの』
『…誘惑されたのはあなたの方です』
 セヴェリエは微笑し、囁いた。昼間とは違う表情だった。初めて会った時からその美しさを気に入ってはいた。しかし、同時に非人間的だとも思った。自分の魅力を知っているニンフレイは、夕餉の時も全く心を開かないセヴェリエに対し、元来女嫌いなのではないかという感想さえ持った。
───それが、今は情熱的なほどのまなざしで、ニンフレイを見つめて離さない。
『私は、王女ですのよ』
 毅然と言い放ったが、それをあやすように鼻先で頬に触れられる。その距離で見つめられると、それだけで胸の内が熱くなり、言葉は意味をなくした。セヴェリエの舌が入ってきた。例えようもなく柔らかで優しい動きに、ニンフレイは、自分がこの若者に対して何を求めているかを知った。
 気を失うかと思うほどの愛撫を受け、ニンフレイは果てた。褥にうつ伏せになり、醒めぬ興奮に夢心地になっていると、いつのまにかローブを着たセヴェリエが立っていた。
『もう行かれるの』
『ええ』
 窓の外を見ると、空はまだ暗かった。しかし、身体の余韻はまだ消えない。うっとりとセヴェリエを見た。が、そこにあるのは冷徹なほどの無表情だった。憮然となったが、責める気力はニンフレイに残っていなかった。
『あなたはどこからいらしたの』
 呟くように訊ねた。セヴェリエは答えない。
『私が今まで出会ったかたと、全てが違うわ………』
 思いに耽って、ニンフレイの顔が弛緩していく。白い手が、愛撫の跡を辿るように蠢く。
『………』
『私にしてくれたのは、他の誰かに教わったこと?』
『……あなたの御心のままにした』
 乱れ髪のまま、素肌で横たわるニンフレイに、表情を崩さずセヴェリエは言うと、天蓋から離れようとした。
『朝になったら、偵察隊を編成しますわ』
 背後からニンフレイが言った。セヴェリエは立ち止まった。振り返ると、天蓋の中で横たわったままのニンフレイがこちらを向いて笑っていた。
『樹海へ参りましょう。セヴェリエ───私も同行します』

 夜が明けた。
 セヴェリエとハザの二人が謁見の間に入ってみると、武装した城騎士が整列していた。玉座には大姫ハイデリンド、そしてレイピアを携えたニンフレイが立っていた。身を屈めて挨拶すると、ニンフレイが前に出た。
『いかがかしら。我が城の精鋭を集めましたのよ───私を合わせて13名ですわ』
『ここまでしていただいて、勿体なく存じます』
『他に何か、ご要望はありまして?』
 セヴェリエは頷き、隣にいるハザを目で示した。
『このハザも、同行させたい』
『───いいでしょう』
 紗の向こうで大姫の声が答えた。
 取り上げられていた剣と短剣が返され、セヴェリエ達は樹海を目指して城を後にした。日の下で見る王都は、夜とは違い予想以上に荒廃していた。無人の家が目立ち、これだけの人数が武装して集団で馬を走らせているせいで通りは騒いでいたものの、その数は驚くほど少なく、若者や女、子供の姿がまず見あたらなかった。
セヴェリエはハザと共に鞍に跨り、森の舗道を【地の母】の方角へと進んだ。やがて広大な樹海に入り、一行は馬から降りた。駿馬たちは長時間の走行にも耐えるだけの体力を持ち合わせていたが、倒木や複雑な勾配のある森の道を進むことをしぶり、時折聞こえてくる獣の遠吠えに怯える始末で、城騎士達の表情にも焦りと疲労が現われ始めていた。 
 セヴェリエとハザは一行の先頭を歩き、道を探した。馬を連れたオエセルの一団は後方から遅れてついてきていた。
嘆きの大姫
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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