───教団の歓迎パーティーといわれてホテルに到着したオレ達だったが、結論、御馳走の並んだパーティー会場に案内されることはなかった。

 ホテルの地下駐車場で車を降りると、明らかにホテルの従業員ではない、真っ黒で大きなサングラスをかけた黒服の、十数人の男達が待ち受けていた。
 男達は物ひとつ言わず、オレと五人の子供をエレベーターに誘導した。子供達は皆小学生くらいで、女は二人いたが、みんなも無言だった。車の中では、他愛のない会話を交わしてはいたが。何より男達の醸し出す威圧感は相当なもので、流石のオレも下手に言葉を発することができなかった。
 巨大なエレベーターは、四方に金色のシャンデリアがついていて、床は深紅の絨毯が敷かれていた。壁も天井も鏡張りで、黒服の男達がオレ達を囲むように無限に繋がっていた。
 扉が閉まり、全員無言のまま、上昇が始まった。内部には、階層を示すものは何一つ付いていなかった。ただ上昇しているという体感だけがあった。不気味な感じだった。しばらくするとエレベーターは静かに停止した。
 女神とバラの花園の彫刻が施されたドアが左右に開くと、おもむろにオレのそばに立っていた子供のひとりが黒服に手を引かれて歩き出した。オレもその後に続こうとしたが、身動きした途端、腕を掴まれた。見上げると、サングラスをかけた黒人のいかつい顔がオレを無言で見下ろしていた。オレが何か言おうとすると、ドアは静かに閉まり、また上昇を始めた。
(何なんだよ。)
 オレから手を離した黒人男は、何事もなかったかのように正面を向いていた。
 それからエレベーターはまた停止し、また子供のひとりが出て行った。
 オレを含めて六人の子供は四人になった。それが三人になり二人になり、オレは今夜がパーティーというのが、まるっきりの嘘だということを知った。
「なあ」
 とうとう最後のひとりになったオレは我慢できず、声を発していた。黒服達も二人に減っていたが、だからといって俺の声に反応しようとはしない。しかしオレは何か言わずにはいられなかった。悪あがきというか、本能的なものだろう。
「今日はパーティーじゃねーの?」
 オレは無邪気を装ったつもりだったが、出てきたのはみっともないほど小さな声だった。しかも、震えていた。余裕なんてとっくに消えていた。エレベーターの扉がいよいよ開いた時、オレはわけのわからない衝動で全身が総毛立ってしまった。
 オレは男二人に脇から支えられるようにしてエレベーターを出ると、暗い廊下を進んだ。
 そして黒光りする木製の大きなドアの前に立つと、傍らの男の手でドアが開けられた。入れ、と促すように背中を押されると、先に進むしかなかった。
 部屋の中は真っ暗で、奥の方は薄明かりになっていて、空気は甘い匂いに満ちていた。
 怪物の口の中に入った童話の主人公を、オレは思い出していた。

 それから後のことを簡潔に話すと、オレの最初の客になるはずだった男は、オレを抱く前に風呂に入り、その隙にオレに逃げられた。
 どうやって逃げたかと言えば、テレビでありがちな、ベランダから逃げ出すって方法だ。
 ただし超高層ホテルだったから、テレビのようにうまくはいかなかったが。
隣の部屋より下の部屋への移動を選んだのは、ベランダを伝って隣に移ろうとしたら、下から吹き上げてくる風にあおられて、オレの体がバランスを崩したからだった。危なく落下しそうになったが、ゴツゴツした壁に両手を吸盤みたく貼り付けたせいで、オレの落下はスムーズにいかなかった。両手で掴まっている壁が終わった頃合を見て、オレは振り子の原理で下の部屋のベランダに着地することに成功した。
 まあ、姿勢は尻餅だったわけだが。
 とにかく一安心したオレは息をついて、何も考えずに顔を上げた。
 大きな窓ガラスの向こう側から、オレを驚愕の表情で見つめている奴が居た。
 黒いスーツを着た、背の高い影。暗い照明に、斜視の顔が浮かんでいた。

「周」
 オレを確認するなりガラスのドアを開けてベランダに出てきた周は、しばらく無言でオレを見下ろしていた。
「おまえ………何…やってんの?」
「ひさしぶり」
「ひさしぶり、だけどな……」
 オレは立ち上がって服の汚れをはたきながら答えた。「よくもだましやがったな」
 オレに睨まれて、周は取り繕うような微妙な表情で頭をかいた。
「まったく」ぶつぶつ呟きながら背を向け、部屋に戻り始める。「やってくれるよ、おまえは…」
「それはこっちのセリフだ」オレはその後に続いて部屋に入った。
 さっきの部屋よりも随分暗い。窓際に置いた一人掛けのソファーには、眼鏡をかけた年寄りの男がじっと座っていた。スーツを着ていたが、病人か幽霊のように薄っぺらい印象だった。オレがそばにいるのにも気が付かないようだ。
 オレはつい悲鳴を上げそうになった。「こいつ…誰?」
「俺の先生さ。構わないでいい」
周は隣の部屋から答えた。
「……寝てんの?この人」
「………」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
十一