「オレだけじゃ…やだ……周のも…してやるから……」
 オレは勃起したままの体を引き摺るように動かして、周を押し倒した。周はコートさえ脱がずに、シャツだけがわずかに乱れているだけだった。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
 オレは血走った眼で周の腰の上に跨ると、ベルトを外してジッパーを下げにかかった。周の手がオレの手を掴んだが、振り払って下着の下に手を滑り込ませた。性器を顕にして手に握ると、俺は屈みこんで口の中へ含もうとした。
「やめろ」
 その寸前で、周が乾いた声を上げた。「そんなことはしなくていい」
 オレは上目遣いで周を見て、笑って見せた。
「…心配すんな。オレの舌は…皆に評判なんだ」
「そうじゃないんだ───」
 周は首を振ったが、オレは周の先端を咥え込んだ。深く口の中に納めてから、舌を根元からくすぐるように動かす。片手では袋を揉み解して、もう片方の手では自分をゆるく擦った。自分の感度が上がるのに合わせて、舌にも熱がこもって、周のそれも硬度を増していく───はずだった。
(なんで……)
 オレは舌を動かしながら、異変に気づいた。いくら強く吸っても、唾液を舌で塗りつけても、周のそれはいつまでもだらりと垂れ下がったままだった。オレは降参してとうとう唇を離した。
「駄目なんだよ」
 周が身を起こしながら、暗い声で言った。
「オレに本気になったって…」
「本気さ。お前のせいじゃない。問題があるのは俺なんだ」

 周は不能だった。
 先天的なものではなくて、勃起も、射精の経験もあったが、それらが起きるのがどういう場面かが、問題だった。
「他人が苦しむ姿に興奮するんだ」周は服を下だけ直すと、ベッドの上に座って話し始めた。
「サディストの一種なんだと思うが、原因は自分でもわからない。過去に親に虐待されていたわけでもない───中流家庭の善良な夫婦だったよ。火事で死んだけどね。俺の左目はその時にこうなっちまったんだ。中学に上がって間もない頃かな………部活が急に休みになって、いつもより家に早く帰った。いつもならおかえりって声が掛かったけど、その日は静かだった。不思議に思って台所に行ってみると、父と母がセックスしてた」
 周の顔は、斜視でないはずの右目までが、視線が定まらずに宙に浮いていた。
「気が付くと俺は真っ黒な煙に囲まれていた。家中が軋んで、ぼろぼろに崩れていくのが面白いくらいだったよ。俺はその中でつっ立っていて、飛んできた木材が左目に衝突して倒れるまで、ずっとつっ立てた。両親が全裸のままで焼死する姿は、今にして思えばそう面白いものでもなかったんだけどな。……どうして、あんなことを思いついたんだろうな……」
 オレは黙って、周の前に座っていた。底知れない恐怖が、オレをそこに縛り付けていた。
「自分の癖に気づいたのはその後だった。惹かれる相手が出来ると、その相手が苦しむ姿を見たいために相手のすべてを破壊しようとして…最後は歯止めが効かなくなる。───精神世界に興味を持ったのは、それを解決するためだった。心理学や医学よりも、その根源にある神の思想の中に、答えがあると思って……馬鹿な話さ。長いこと必死にやってはきたが、結局自分の手に残るのは」周は自分の両手を持ち上げた。「自分が売り飛ばした子供の精液ってわけだ」
 手に付いたオレの精液を見て、周は言った。
「俺は一体、何者なんだろうな?」ぼんやりと、まるで目の前のオレが映っていないかのように呟いた。「───教授は、俺の中に嫉妬と退屈が共存して、それを慢性の無気力が固定しているから、そんな風になるんだと言っていた……そんな事、この世の人間全てに言える気がするんだが。…全ての人間の運命に因果があるなら…俺を動かしているのは何なんだろうな……」
 周はさらにブツブツ言い続けたが、あとは殆ど聞こえなかった。
「周は周だろ」
 オレは言った。「今までの周を作ってきたのも周だし、これからの周を作るのも周じゃん」
 目の前の周の顔が、なんだか急に幼くなったような気がした。
「………」
「好きにすれば────でもオレを守ることは忘れんなよ。お前ってアレだよな。考える割に人のことはほったらかすだろ。それが」駄目なんだよ、の言葉は周に押し潰されていた。
「痛っ…ちょ、いきなりなんだよお前!」
「欲しい」
「あ?」
 周はオレを押さえつけながら、コートをジャケットごと脱ぎ捨てて、ネクタイを引き千切る勢いでシャツをはだけてオレに被さってきた。
「周?───もしかして。嘘…っ、だろ…」オレの膝のあたりに、布越しの出っ張りが当たった。「勃ってる……?」さっきの話が法螺だったのかとオレは思わず疑った。けれども周を見ると、興奮した顔でせわしなく下を脱いで、その現実を確かめて驚いていた。
「周」
「信じられない…」
 勃起したまま呆けている周は、目に涙さえ浮かべていた。
 オレは周の首に腕を回して、誘った。
「来いよ」
 両足を大きく開いて、足の付け根を晒す。下から見上げる周の喉仏が上下した。本当なら、解してから挿れて欲しいところだが、余計な手間でこいつを萎えさせるわけにいかないと思った。
 周はオレの名を呼んでから、先端を近付けてきた。オレは自分の指で襞を割って、力を抜いた。
「う…くっ……!」
 腰が宙に浮くと同時に、硬い肉の先がオレの中に入ってきた。
「あ……あ………」
 付け根に回した指を、ぬめった周の側面が擦っていく。ビクビクと脈打っているのが、オレを刺激した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
十一