「何すんだよ!」
「───俺を本気にできるか?」
「……へ?」オレは周の言葉に顔をしかめた。「なんだ。お前もそういう趣味かよ」
「まさか。可能性の話をしてるんだ。お前が俺に、お前を守りたくなる理由があれば、俺もやぶさかじゃないってこと」
 周は鼻で笑った。
「その笑い方、むかつく」
 オレは暫く考えた。
「…本気って何だ?……あんたを本気にするのに、オレは何をすればいいんだよ?…守ってくれるなら、今ここで、オレをあんたの好きにしたっていいんだぜ」
 オレは周に対抗して、口の端を歪めて強気を込めた笑顔を作った。
「………小悪魔だねぇ」
 しかし周はオレの両手を押さえていた手を離すと、オレの体の上から退いていった。オレはてっきり、周にこのまま抱かれるのかと思っていたが、奴はベッドからも離れてしまった。そしてオレに言った。
「でも今のじゃ駄目だな。俺が誘導したみたいだ。───でも今のお前の返事で、俺は確かに約束した。あとはお前次第ってことだ。以上」
 どういう意味だよ?とオレが問い返すのを待たずに、周はドアの方へ近づいていくと、外を窺ってからオレの方へ戻ってきた。その後に、さっきの黒服の二人が入ってきた。オレはベッドの上で硬直した。そこへ周が言った。
「彼等が送っていくよ」
「周は?」
「俺は行かない。心配しないでお帰り」
「別に心配なんかしてねえよ」オレはベッドから降りて黒服達と歩き出した。
 周は部屋のドアまで見届けについて来た。オレは廊下に出たが、振り返った。
 周は顔の右側だけでおどけたように微笑んだ。
「あのさ……約束、オレも、守るから」
「うん。いい子だ」
「だから…またな」
 周は何も答えず、扉を閉めた。
 
 その後、オレが周に再会したのはだいぶ時間が過ぎてからだった。
 一年、二年は余裕で経っていたと思う。
 天使の王国は、在家信者を含めるとその数は一万人を超え、裏稼業の方も派手な展開になっていた。
 通称・マスターと呼ばれる教祖は容貌・言動ともにますますカリスマ性を極めて、信者達の強い信仰心を煽っていた。 実際は、長年のLSDの常用のせいで痴呆老人か精神異常者と見分けがつかなくなっていたに過ぎなかったのだが。
 オレには難しくてわからなかったが、教団の基本理念というのは物質ではなく、意識を拡張して精神的豊かさを得るというもので、簡単に言えば薬物で見る幻覚で満腹になれ、というようなものだった。誰かとセックスしたいとか、すばらしい旅行がしたいとか、そういった欲求を自己完結することで、いずれ不況や戦争、環境破壊は阻止できると、真剣に取り組んでいるのだった。
 上位信者で、他の信者たちを指導する立場にいる奴等は高学歴のエリート出身者ばかりだったが、マスターに対してだけは皆盲目だった。
 普通に接したら明らかにおかしい言動や、狂人の振る舞いに、深遠な意味を見つけようと必死になる彼らの姿は、オレには意地になっているようにしか見えなかった。案外奴らもクスリにはまっていただけなのかもしれないが。
 当然、そんな奴等だけで教団が運営できていたはずはなく、さっきも言ったように、一万人もの信者を集めることが出来て、なおかつ保持できたのは、教団の裏稼業───麻薬の密造と子供の売春のおかげだった。だから、教団の内部は二つの力が支配していた。教団のイメージを象徴するだけに過ぎないマスターと、裏で犯罪組織を統率する───周蓮次の組織と。
 実質上、教団を動かしているのは、周だった。だから、上位の信者たちの多くは、周を指導者と認めていた。
 一介の学生に過ぎなかった周が短期間でどうやってここまで上り詰めたのか、誰もそこに干渉しようとはしなかったが、それまで教団内で今の周の役割を果たしていた男───周の恩師でもあった大学教授のそいつが急に死んだのが発端なのは明らかだった。
 そうだ。オレがいつか、ホテルの部屋で見たあの老人だ。もしかしたら、あの時とっくに、周に殺されていたのかもしれない。別に、だからといってオレが何かしようって訳じゃないが。

 オレはといえば、いつのまにか“パーティー”ではトップの地位になっていた。
 パーティーは月に一度が基本だったが、顧客の誕生日や接待でもオレはお呼びがかかっていた。
 オレの客は皆、数ある教団のスポンサーの中でも大きな力を持っている奴ばかりだったから、教団内でのオレの扱いもそれなりに変化していった。
 特別な個室が与えられ、身の回りの世話のすべてを、数人の信者が召使のようになってやってくれた。オレは自分で服を着なくなったし、靴紐を結ぶこともなくなった。でも欲しいものはいつも足りなかった。欲しいと言えば何でも手に入ったが、“欲しいもの”はいつまでも沸いてくるからだ。
 そのうちオレは、クスリにはまった。教団内では大麻も阿片もコカも栽培していたし、LSDも当然ながら、ケミカル系と呼ばれる麻薬もいくつも作っていた。それらの用途は信者の洗脳や、顧客へのサービスに使われていたから、オレが使っても誰も文句は言わなかった。あらゆるクスリが体に与える効果にオレは酔い、その後の幻覚と欝に苦しみ、その苦しみから逃げるためにまたクスリをやった。この繰り返しは次第にオレを満たしていくように思えた。
 オレがクスリをやってもオレの顧客が減ることはなかったが、オレ自身はどんどん崩壊していった。
 仕事中、何を突っ込まれても体は無限に快感を得て、しばしば失神するようになった。
 そんなオレを面白がった客が、そのうちオレを数人で輪姦させたり、大量の精液を飲ませたりして、度の過ぎた遊びがパーティーで流行するようになった。
 現場でのオレは人間ではなく、犬か玩具のようなものだった。最初はそれに抵抗を感じたものだったが、次第にどうでもよくなっていった。クスリが回っている間は、時間の感覚が滅茶苦茶になる。客のモノをしゃぶっていると、いつまでも永遠に、舌で肉塊を転がしているような感覚になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
十一