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エンジェルムービー

創作小説
 その日は臨時収入があって、気分を良くしたついでに帰りのコンビニでしこたま酒類ツマミを買い込んで、もう朝まで飲み明かす勢いで玄関を上がるとで、電気を付ける前にコタツとテレビとみかんのカゴを用意して風呂を沸かしたんだ。暗くて足の小指をぶつけたことなんてちっとも痛くなかったさ。気付けに一本目を開けて一気に飲み干すとここ数日のひもじい飲み方がバカらしくなるくらい爽快で、そりゃあ次に手が出ない方がおかしいのさ。おんぼろの給湯器がバスタブを溢れさせるまでに5本は並んでたな。これが失敗だったのかもしれない。
 少々急ピッチだったことと、最近飲む量が少なかった所為か酔いの回りが予想より早くてなんだか気分良くなったついでに湯船に飛び込んだらきっと幸せになれるんだろうと上着を脱いだところで、いやまて、そのまま風呂で寝込んだりして全てをフイにしたらはっきり言って馬鹿らしい。こういう時は現状維持が重要だ。そう思って残りの1ケースを冷蔵庫にぶち込んでツマミを片手にコタツに陣取ったんだ。深夜にはまだ早かったが番組はクソ面白くないニュースばかりでバラエティのラの字も無い。磨り減って文字の判別もつかないリモコンを押しまくってチャンネルを変えたところで可愛い姉ちゃんが飛び出てくるわけでもあるまいし、一巡したところで片手鷲掴みにした柿ピーを口に放り込み咀嚼もそこそこに酒で流し込んだ。やばい気管に入った。むせた。ものすごくむせた。苦しい、やばい、息ができない。もしかしてここで窒息死とか勘弁してくれよ。目の前に積まれたみかんが妙にオレンジ色濃くて顔にぶつかってきそうだった。違う、こっちが前にのめっているだけだ。それどころじゃあない。このままじゃ死んじまう。なんとかしなきゃならんてぇのに。もう吐く息が肺に残っちゃいない。しなびた大根のように肋骨の下にぶらさがっているんだ。これならタクアンの方がいくらかマシだって。どうでもいいから、誰か何とかしろ。って言ったって俺ひとりで住んでるアパートに誰が来る訳もなく、呼ぼうにも声が出なかった。もう、これまで、か…。あ?
 すがる思いで見上げたテレビの画面にはどこかで見たような気がする可愛い女性が映し出されていて、しきりに何か口にしているんだが俺にはちっとも聞こえない。こりゃまた耳にも来たらしい。マジでダメかもしれないと苦しさから胸を叩いていた右手をリモコンへ伸ばして音量ボタンを探ってみる。声くらい聞いてからくたばってもイイじゃないかとこの緊急時に思ってしまったのだ。しかし、先程まで低悪な雑音を吐き出していたスピーカーはナチュラルサイレンス。残念。きっと可愛い声なんだろうと白くかすむ視界の中でぼんやりと考えた。
 コタツの熱と変な座り方で尻とふくらはぎがしびれきっていた。ほんの僅かな間。気管は閉じきって、もはや息苦しさは通り越して、俺という意識がログアウトする二秒前。
 確かに聞こえた。
 彼女は確かにそう言った。

"ほら~、そんなところで飲んでないで。こっちに来て?"

 透き通って伸びやかな、それでいて暖かくて待ち望んでいた声色。絶世の美女ですら太刀打ちのできない甘い言葉のつぶやき。とろけるセリフって本当にあるんだと知った。
 白い闇に包まれ、そのまま再起動できるのか自信はなかったが、どうすることもできずに俺はうつ伏せに倒れ込んだのだった。みんな、あばよ。達者でな…。彼女、あんまりよく視えなかったけど、結構可愛かったな。録画しておけばよかったよ。脳内補完でダメだろうか? いや、俺死んじまうんだってば。チッ、しくったな。

"なんなら私がそっちに行こうか? あら、結構大変なことになってるみたいね。ちょっと待ってて…"

 今更来てもらっても遅いんじゃね? と、リモコンを握りしめたまま、天板に頭をしこたまぶつける衝撃が脳裏に響いて意識がフリーズした。

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