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氷る世界

創作小説
1)

 雲一つない蒼天が広がる。日差しは秋分を過ぎたというのに異常なほど鋭く、一面から照り返されるコントラストで視界は痛いほどに原色を放っている。
 だというのに、これっぽっちも暖かさを感じることはできず、目眩を起こしそうなほど静寂に包まれていた。
 自分の足で立ち尽くしているにもかかわらず、その実感が持てないなんてはっきり言ってありえない。靴底から伝わる接地感が捉えている映像と一致しないことが原因だ。俺は確かに土手の草むらを前にして、幾重にも車輪で掘り返され、轍で形成されたむき出しの盛土歩道にいる。しかし、足が訴えるその感触は、踏みつければ崩れる柔らかな土よりもはるかに強固。およそ人の手では掘削出来るはずもない鋼鉄の岩盤に思える。
 一体これはなんだ? 何十と繰り返されてきた疑問符が再びこみ上げる。
 恐らく、一歩先に広がる草むらですら踏み分けて行ける代物ではないだろう。いや、下手をすれば天を仰ぐ無数の細剣とも言える。デッキシューズ程度の強度では体重をかけた途端に踏み抜いてしまう。天然に自生したトラップのようだ。
 俺は考えられる事態を一つ、また一つ塗りつぶしながら、そこから引き返した。

 真昼だというのに体感温度はかなり低い。明け方の気温はこの時期にしては寒いと思ったが、厚手の防寒着が必要なほどではなかったはずだ。しかし、制服のブレザージャケットが意味をなさないほど冷え込みを感じる。服の隙間から体温を引き抜かれて行くようで、俺は無駄と知りながらも袖口と襟元を閉じる。
 半開きの門をくぐり校舎へ入ると、やはりその光景は今も続いていた。
 網膜に入力される画像は静止画。
 俺は画像を見ているわけではない。これはディスプレイから覗いている映像ではない。俺の二つの目玉から視神経を通して脳に送られている状況であることは間違いない。俺自身の手足身体を確認してもその動きは動作させる意思と結果が連動している。つまり、俺の意思通りに動いている。右手で何かを掴みたければその通りに右手はそれを掴むのだ。これが逆の左手で掴んでしまったり、意思とは裏腹に走り出してしまったりしたら、俺が見ているものは俺の意思ではなく別の誰かの視界かもしれないと推測できる。見ているものと行動が一致しないのだから。
 だがしかし、残念なことに全く寸分違わぬ程に一致している限り、この景観は俺の前でまさに起きている状況に間違いはないのだろう。
 固まっている。
 全てが、あらゆるものが、彩を保ちながら、ある瞬間を封じ込めたように。
 俺だけが自由に、固まることなく、その空間を移動していた。

 教室の時計はその秒針を稼働させていない。ということは時間すら固まって、いや、時間が止まっていると言い換えたほうが正解だろう。俺は止まった世界に放り込まれているのか。俺だけが止まっていないのか。もしくは、何かの拍子にこの世界を作り出してしまったのか。
 いくら考えたところで18年そこそこの僅かな経験しか持たない俺に解明できる現象ではない。昼休みが永遠に続いてほしいと願ったつもりはなかった。俺は疎らに活動し始めた。であろう生徒達を避けながら教室を覗いて回った。


 数時間前、だと思う。時計が止まっている以上俺の体感時間でしかないのだが、俺は屋上に向かっていた。
 授業が終わってすぐ、いつもなら食堂に直行するルートを変更して階段を駆け上がっていた。空腹を満たすよりも重要な案件なんてしがない男子学生にとっていくつもあるわけじゃない。教師や先輩に呼び出しを喰らうケースは論外にしても、自分の学園生活に大きく関わることの他にあるはずがない。そう、女か金か。
 週にわずかなバイトで小銭を稼ぐ程度の収入ですべての欲求を満たすなんてできないことはハナからわかっている。賢い奴はその微々たる元手を数倍にする手段を知っているらしいが、あいにく俺はそこまで執着しているわけでもない。節度をわきまえて、足りない分は親のゴマをすって取り入れば今のところは事足りている。もちろんささやかな儲け話であれば乗らないこともない。ただ、焦って稼がなければいけないほど困窮した生活ではないのだから身の丈に合った物欲を満たすだけだった。
 
 屋上には普段から施錠がされているが、どの生徒もその外し方を知っている。番号を合わせるだけの回転式錠前なんて時間をかければ解除できて当たり前で、そんなことをしなくても知っている者から人伝いに解除番号くらい流れてくる。
 しかし、絡みついているはずの錠はすでに解放されていた。先客がいる。急いで来たつもりだったが、クラスによって授業の終わる時間に若干の差があるだろう。加えて、屋上までの経路は俺の教室からは距離がある。そんなことを考えるまでもない。俺はきっとその人物を知っている。なぜなら、昼休みにこの場所で落ち合うことを約束していたのだから。
 開け放ったドアの向こうに蒼天の空が広がっていた。快晴。雲一つない秋晴れ。最近のぐずついた天気から解放されて目一杯降り注ぐ陽光に敷き詰められた石畳風のタイルが白くきらめいていた。囲まれたフェンスの向こうに控えめに育った雑木林と、駅周辺の景観が臨むことができる。
 そのフェンスに寄りかかるように一人女子生徒がいた。ドアの開く音に気付いて、彼女は首だけで振り向いてこちらを確認する。背中まで伸ばした黒髪が艶っぽく揺れると安心したように肩を落とした。
「お昼は?」
「いや、まだだよ。終わってすぐにこっちに来た。志倉はずいぶん早いな」
 その返事に不満を持ったらしく、整った顔を少しだけ歪めた。

 志倉秋緒と親しくなったのは一ヶ月ほど前のことだった。選択科目では同じ授業を受けている関係で名前は知っていたが、クラスが違う上に授業で挨拶や二言三言交わすだけの間柄でしかなかった。もっとも、見栄えする彼女が俺のことを相手にするとは思えなかったし、クラスの女子連中とバカ騒ぎしている方に気を取られていたこともあって、彼女に対する関心はほとんど無かったと言える。それがある日の帰り、駅前でばったりと会ったところから始まったのだ。
 同じ趣味だとわかった途端に打ち解けて、素性の良くわからない同級生から一気に親密な友達へと変わっていったのだ。
「ねえ。今日はどうして呼んだかわかる?」
 謎かけにも似た彼女の問いに俺はすぐさま答えることができない。まともに考えたところで正解できるとは思えないし、気の利いたジョークで返そうにも上手い言葉が思いつかない。クラスで飛ばし合ってる時はノリと勢いで口にしてるだけで、本当はまともに話すこともできない口下手だったということ。いや、そうじゃない。気付いているのに俺自身が認めていないだけで、わかっているはずのこと。
「どうだろう。俺、何か怒らせることでも言ったかな?」
「……そうね。まあ、遠まわしにそういうことになるかもしれない。怒っているわけではないけど、気付いてくれそうもないからその話をしようと思ったんだけど」
「よくわからないな。どうすれば良いんだ?」
「また、そう言う。私が教えることじゃなくて自分で考えることよ。私達のこと、他の人がどう見てるか考えたことある? ただの友達って言うにはだいぶ親しくなりすぎなんじゃないかしら」
 鼓動が一気に跳ね上がる音を聞いた。実際に聞こえたわけではない。もしかすると別の音かもしれない。ああ、これは、暗に関係を止めようとしている前振りではないのだろうか。俺との関係を周りに見られることを気にしている。確かに親しくなりすぎていると思う。付き合い始めたわけでもないのに時間があれば二人で居ることが多い。ただなんとなくいると安心するし、共通の話題もある。クラスの連中と騒いでいるのも楽しいが、彼女といる時間は凄く安らげる。
 しかし、ここ数日の彼女の態度は少々冷たく感じていた。まるで、関係がなかったかのような顔見知りの状態に近い接し方だった。予期していたこと。いずれは関係が壊れることを少なからず感じていた。彼女と居れば確かに楽しい。しかし、俺自身今一歩、彼女に向かって踏み込めない枷が存在していたのだった。

続く

(未校正 推敲無し 原文のまま掲載)

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