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閑話 ~既視概念 その1

創作小説
 和哉が校門を入ろうとしたその時、アレが襲ってきた。目の奥から眼球を押し出されるような圧迫感と甲高い耳鳴りはいつ何時においても吐き気をもよおすほどの不快感を呼んだ。口に手を当てるまでもなくせり上がるモノを飲み干して、踏み出そうとした右足を元に戻す。彼の脳裏には幾千の壮絶なシーンが垂れ流されていた。今までに見たどのホラー映画よりも生々しく鮮烈で、そして赤黒い淫猥なクラムチャウダーが大きな鍋一杯にかき混ぜられていく気分を味わっていた。
「何ぼんやりしてんの? 朝っぱらから辛気臭い顔しちゃって、もしかして古典の宿題忘れたとか言わないでよね」
 わきから覗き込んできたのはクラスメートの詩織。何かと和哉に突っかかる娘だが、気さくで明るい性格の上そこそこのルックスが皆の支持を受けてクラス委員長に抜擢されている。確かに第一印象は悪くない。友達から一歩進んで深い付き合いになってみても良いかもしれない相手ではあるが、和哉にとっては少々ウザったい存在だった。小さな親切大きなお世話。人のことなど放って置いてくれればいいのに野次馬根性むき出しに真相を追求するのはプライバシーの侵害だ。委員長とはいえ何でもかんでも知りたがるのは考えもの。特権があると思い込むなど勘違いも甚だしい。
「いや……」
 と、言いよどんで気分の悪さを漏らしかけて留まった。こいつに知れたらどんな扱いを受けるかわかったもんじゃない。保健室に連行されるならまだ良い方で、保険医はおろか担任や学年主任まで呼び出してあれこれ言い出すに決まってる。和哉は思い切り作り笑いを浮かべて詩織に見せつけたのだった。
「用事を思い出した。悪いんだが、俺これからサボるから。あとよろしくな」
「は? え? ちょっと、なにそれ?! 待ちなさいよ篠倉! 篠倉和哉ーっ!」
 詩織が抛けている間に脱兎のごとくその場から走り去る。実際早歩き程度の歩幅でしかなかったが、和哉にとってそれが今現在出せる最大出力だったのだから仕方がない。気分の悪さは半端ではなく、捕まっていたら間違いなくあの場で動けなくなっていた。パニックかショック症状で倒れてもおかしくないのに抵抗出来るだけの頑丈な身体と精神に感謝しなければならない。それよりも、彼にとって重要なのはできるだけこの場所から離れて迫り来る事象に対応をしなければならない、ということだった。

 和哉に症状が現れ始めたのが二年ほど前。その時は徹夜でゲームをクリアした疲れが原因だと信じて疑わなかったが、苦悶の中で垣間見る映像がやけに現実的で既視感を覚えたのだった。その後体調が戻って目の当たりにするのはデジャビュではなく実際に起きてしまった出来事。つまり正夢である。そんな都合のいい話があるかと、偶然を装って気に止めなかった和哉だったが、三度四度と頻繁に繰り返される現象に背筋を凍らせることになったのだった。
 原因は特定できていないが検討はついていた。単純な謎解きパズルだと思って無料ダウンロードしたあのゲームの所為だ。ネットサーフィンしていてたまたま目にとまって、興味本位で始めたところ妙に面白くなって止めるに止められず、夜通し八時間かけてエンディングロールを迎えてしまった。達成感よりも重い疲労感に囚われ、それまで積み上げてきた無遅刻無欠席を不意にしてしまっただけでなくわけのわからない症状のおまけ付きをもらってしまったわけだ。
 これまでにいくつかの病院にも掛け合ってみたが、検査の結果は全て良好問題なし。心療科の紹介も勧められ足を運んでみても特に症状は改善するわけでもない。それどころか、病院に通うようになってから和哉の身辺に不可解な出来事が頻発し始めていた。

 路地を曲がって人通りがなくなったところで和哉は足を止めた。気分の悪さの限界に達していたこともあり、ふらつく足取りでそばの電柱にもたれかかった。予想通りならもうすぐやってくるだろう。そこまではしかと記憶に留めたのだから。
 食道を焼く胃液を痛みをこらえながら近づいてくる足音に耳を澄ました。二つ、いや三つ。硬い靴底なのかアスファルトの地面を叩いて響きわたり、離れていても丸分かりである。ということは忍び寄って何かされるわけでもなさそうではないか? などと楽観的な思考を巡らせてみたりする。しかしそんなに甘いはずがない。先日の出来事は大惨事を招いておかしくないほど重大な事件だったのだから。
 そしてようやく収まってきた不快感をよそに彼らは和哉の前に立ちはだかったのだった。
「ようやく観念してくれたようだね。君一人訪ねるためにかなりの労力を強いられることになったが、それは君が悪いわけじゃあない。我々の不手際が引き起こしたことであって、もっと早くに君を保護しておけばこのような惨事にならなくて済んだかもしれないということだ。まだ気分は悪いかな? 篠倉和哉君」
 威圧的、攻撃的、という表現がもっとも似合うだろう口調は少々低いながらも透明感のある美声の女から発せられた。
「あんたら、何者なんだよ。俺をつけ回して、何がしたいんだ?」
「もう君もわかっているだろう。自分がどんな状態にあるのか、どんな様子が視えるのか、そこから推測すれば我々が何を求めているかなど、学生身分であっても理解できておかしくないと思うのだが、詳細な説明が必要ならばできるだけ我々に同行してもらいたい。あくまで任意同行という形で。しかし、残念なことに君にはこの申し出を断る選択肢を与えられない。必ず一緒に来てもらわなければ君自身のためにもならないし、君の身辺にも被害が広がるだけだ。わかるだろう? 我々が君を保護することで君の身の回りで起きるであろう惨事を未然に防ぐことにもなるんだ」
「ほー、なら…… アレはあんたらの仕業じゃないって言いはるんだな? ひでえ奴らだ。これだから権力ってのは大嫌いなんだ」
「その意見には私も同意する。権力は往々にして自ら間違いを修正することはできない。単なる力の集合体でしかない彼らは暴走し始めたらちょっとやそっとで止めることはできない。だからこそ監視機関が必要であり対外勢力の存在が急務なんだ。と、こんなことは論点から外れているな。済まない。余計な話をするのはもう少しあとにしよう。事後処理は我々の管轄で君は何一つ気に止むことはない。哀れにも君の手違いによって天に召された者のこともね」
「くっ、てめえ!」
 和哉は食ってかかろうとその身を起こした。眼前に立ちはだかるのは女。三人の、ビシッと決まったネイビーのスーツはそれだけで圧倒された。揺るがない冷酷な瞳、真っ赤なルージュ。学生とは言え和哉とて男である。そこいらの不良チンピラ程度には腕力も持っているはずなのだが、その眼光に貫かれては踏み出すことすらできなかった。
「うむ、君の本能は正しい。見かけで判断して思慮もなく突っ込むような輩でなくて良かった。感謝する。改めて訪ねるが、篠倉君、我々に同行してくれるね? これ以上の時間を割きたくはないのが本心だ。君にとっても我々にとってもこれが最適な選択だと思っている。どうだろう、承諾してはくれまいか」
「ちっ、一言いわせてくれよ」
「何なりと、気の済むままに。どんなことでも受け止めよう」
「━━卑怯者!」
「結構だ。罵られて余りある。それが我々の仕事でもあるからな。ユウ、車を回してくれ。ケイ、彼の手当を。私は本部に連絡する。あー、私だ。午前八時五三分現在、目標、篠倉和哉を確保した」
 数分もしないうちに黒塗りの大型セダンが現れ、その中に和哉は押し込まれる。そして腕をまくられ携帯用の注射器を当てられ少量の薬剤を注入される。振り払うこともできたはずだが、逃げきれる自信は全くなかった。彼には女が言ったように同行することしか与えられなかった。注入された薬剤が何であったか問う前に、あれほど内蔵を掻きむしっていた気分の悪さは砂浜を波が引く如く消え去って、そしてまどろみの中に落ちて行くのだった。
 彼のビジョンが正しければ、次に目を覚ますのは三日後のことである。

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