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初対面 (閑話シーン)

創作小説
 ノブを回すと古ぼけたドアは、音も立てず、まるで備え付けたばかりのようにスルリと押して開けた。
「こんばんは。やっと来たわね」
 薄暗く窓もない雑然と書物の山が広がる中に、ぽつんと灯されたランプ。その傍らに腰をかけた女性がこちらを見つめていた。
 フィオナは驚いて半歩下がり、すぐさま防御体制を取る。
 虚を突かれた、この一瞬で自分の負けのはずだった。相手はこのドアを開けてフィオナが入ってくることを察知していたはず。そうでなければ間の効いた挨拶などで迎えたりはしない。迂闊にも不用意に入ってしまった自分を呪うしかなかった。
 しかし、彼女が堪えるはずの先手は現れなかった。
「貴女が来ると聞いて色々と準備して待っていたのよ。ほら、そんなところに突っ立っていないで、中にお入りなさい。せっかくこんな遠いところまで来てくれたのだから盛大に歓迎しなきゃいけないわよね」
「……」
 屈託無く微笑むその顔はまるで少女のようなあどけなさを持っていた。この女が「魔女」と恐れられている存在だとは即座に思えない。小柄ながらも丁寧な装飾を施したドレスを身に纏い、貴婦人然とした姿と透き通るような白い肌は昔誕生日にプレゼントしてもらったビスクドールのようである。揺れるランプのほのかな灯りに浮かび上がった光景は絵画の一枚にも匹敵するだろう。
「どうしたの? 私に用があって訪ねてきたのではないのかしら」
「そのとおりよ、ミス・ミア。貴女と話をするために私はここに来たわ」
「そう、ならよかった。私ってよく勘違いするから。もう少しで、本当は違う目的で屋敷に入ってきたのかと思っちゃうところだったわ。危うく貴女を消し飛ばしちゃうところだったじゃない」
「くっ……」
 迂闊なことはさらに追加。いや、この屋敷に踏み入れた時点で慎重さを欠いていたのだ。
 彼女は相応の「魔法使い」なのだから、無断で自分の縄張りに入ろうとする者を排除するのは当たり前のことだ。おそらく何の前情報無しに踏み込んだとすれば、彼女の言うようにスペルの一つも準備できずに粉みじんにされてしまうことだろう。侵入者除けの結界やトラップの類があって当然。肝心なことを失念してるとは修行不足も甚だしい。
「この屋敷はお気に召さなかったかしら? ごめんなさいね。忙しくてあまりこっちに居ることは少ないの。今夜だって貴女が来ると思ったから待っていたけど、私が帰る前にに来なくて本当によかったわ。だって、久しぶりのお客様なんだもの。すれ違いで二度と会えないなんて悲しくなってしまうわね」
「……」
 一人でしゃべり続けるミーナを前にしながらフィオナは落ち着きを取り戻そうとしていた。
 即座に先手が打たれなかったところを見ると、自分は客人扱いをされていると思って良い。屋敷のトラップが作動しなかったことでも判る。しかし、他人を毛嫌いする「魔法使い」が易々と己の前に導くなんて裏があっておかしくない。自分に目的があるように、彼女にも自分をここまで無傷で誘導した理由があるはずだ。ならば、その理由を聞き出せれば交渉材料として使えるかもしれない。
 ミーナの言葉を聞き逃さずに、同時に次の手を組み立てることでフィオナの頭はすっきりとしてきた。おかげで薄暗い部屋の中を、視界に入る範囲内で確認することができた。積まれた本の背表紙を読み取れる限りでは魔導書の類ではなさそうである。中には見たこともない文字が記されている物もある。
「この部屋の本に興味があるのかしら?」
「えっ!?」
 突然の話題の転換に声を上げてしまう。視線は彼女から外さなかったのに気取られていたらしい。どうやら小細工が通用するような相手ではない。正面から当たらなければ返ってこちらが不利になる可能性もありそうだ。
 フィオナは意を決して口を開いた。
「そうね。真理を求める者の一人として、書物に興味はあるわ。例えそれがどんなものであっても。気になったのは、私の知らない文字が目に入ったからよ。貴女も自分の知らないことに対しては興味が沸くのではなくて?」
「ふふ、その通りね。何年もかかってたくさんの物事を記憶に詰め込むけれど、次々に新しいことが生まれてくるからいつまで経っても終わりが見えないわ。そのうちのほんの少しが私の知りたいことなのだけど、それがどこにあるかなんて見当も付かないわね。あるときは誰かの日記の中にあったり、あるときは牧場の牛たちが持っていたり、またあるときはどこかの国の王女様が持っていたりするのよね」
「……」
「そうね……真理って私には何を指すのかよくわからないけれど、少なくとも自分が知りたいと思ったことがきっとそれに値するものなんでしょうね。知りたいと思うことはそのまま興味を引くもの持ったもの。本に書かれていることが全てではないけれど、こうやっていろんなところから集めたものを眺めているだけでも新しい発見があるわ。そうよね? 賢者フィオナスさん」
 銘を告げられて、フィオナは視線をそらした。
 その仕草にミーナは首を傾げてみせた。
「あら?…… 違ったかしら。もしかして貴女は別の方だった?」
「いいえ、その銘で間違いはないけれど……そう呼ばれるのはあまり好きではないの」
「まあ!」
 ガタリと家具調の椅子が軋むほど大げさにミーナは驚いた。何をそんなに驚くことがあるのかとフィオナが再び目を戻すと、これがまた貴婦人とは思えない表情をしている。例えるなら、頬紅すら付けたことのない幼子が飛び切りの謎を解き明かした時のような顔である。このミーナという女は「魔女」である以前に年齢感覚がおかしく認識されるのか。あるいは「魔女」なだけにいくつとも判別できない容姿であるのか。ともかく、一瞬でもその表情に気を取られたことは間違いなかった。
「そうよね。あんな低脳な集まりでしかない協会が勝手に押し付けた銘なんて名乗りたくもないわね。ごめんなさい。貴女の気分を損なうつもりはなかったの。人には呼ばれて嬉しい名前と嫌な名前があるって聞いたけど、本当にその通りなのね」
「別に気にすることじゃないわ。ただ、私が慣れてないだけだから」
「そういうのを嫌な思いって言うんじゃないのかしら? まあ、いいわ。貴女が気にしなくて言いというなら私は気にしないことにするわ」
「そうしてもらえると助かるわ。それで、貴女に聞きたいことが……」
 と、本題を切り出そうとしたフィオナだったが、その続きはミーナの行動で遮られてしまった。
 ついっと顔を背け会話を拒否するような姿勢をとられ、それ以上フィオナは台詞を口に出来なくなってしまう。意表を突かれて言葉を選んでいるうちにミーナは立ち上がり背を向けた。ランプの灯りが徐々に小さく揺れ動き、月明かりさえ無い暗闇の中で、今にも消えてしまいそうに彼女の背中を照らしている。
「ねえ、今夜は月が綺麗でしょ?」
 唐突にミーナは口を開いてそう言った。そう聞こえた。
 ここは窓の無い部屋の中でランプがひとつしかない。その灯りもわずかで尽きようとしている。
 月が綺麗ですって? フィオナは思考をめぐらせる。今夜は下弦の月で夜半過ぎにならなければ上らないはずだ。月が見えるはずは無い。ここに来る時だって月明かりが使えずランプを灯してきたのだ。間違いは無い。だと言うのに彼女は何故月が綺麗だと口にするのか。
「ほら、見えるでしょ? こんなに紅い月ですごく綺麗」
 ミーナはゆっくりとこちらを振り返る。か細い灯火がその素顔を怪しく彩っている。
「ここは部屋の中よ? 月なんて……」
「そんなことないわ。だって」
 灯火は燃え尽き、辺りは全て黒く塗りつぶされる。彼女はおろか指先すら網膜に映らない。全くの黒。ここは窓の無い部屋だから当然だ。唯一の出入り口であるドアを開けば幾分かの光が得られるかもしれない。とっさに思いついてフィオナは振り返りドアがあったであろう辺りを手探りで伸ばす。
 半歩、一歩、そしてもう一歩踏み出してみる。
 自分とドアはそれほど離れていなかったはず。手を伸ばせば届く範囲にドアが存在しなければならない。ドアでなくとも仕切られた壁や所狭しと積みあがった本の山に躓いても良いはずだ。しかし、それらしき感触は一切感じられなかった。
 そこへ、暗闇の中から彼女の声が降りかかってきた。
「貴女を歓迎するために用意したんですもの」
 ミーナの言うとおり、月はあった。
 紅く狂おしく、満月が浮かび上がっていた。
 これは……!?
 即座に辺りを、自分を、状況を把握する。
 照らされた空間の果ては見えない。無限に続くとも思われる奥行き。別世界。
 結界…… か……?
「さあ、始めましょうか。久しぶりのお客様ですもの、楽しい夜を過ごしましょう」
 紅く染まったシルエットを背負って、穏やかな微笑を携えた「魔女」がそこにいた。


 フィオナは唇をかみ締めた。
 誤算も誤算、思い描いていた話し合いに持ち込めないばかりか最悪の状況に陥っていることは間違いなかった。わずかの隙でこれだけの広大な結界を作り出されてしまっては引くことも出来ない。不本意ではあるが正面から立ち向かう以外に方法は無さそうだった。
「一緒に楽しみましょう。永い夜の始まりだわ」
 ミーナはにこりと微笑んで手を差し出した。
 その仕草にフィオナは反射的に右へ体を傾けた。次の瞬間、左の二の腕に痛みが走る。
「あら? 流石ですね」
 輝矢!? そんな、完全に軸は外したはず……
 膝を折って腕を押さえる。致命傷では無いが極小さな穴が腕を貫通していた。
「まさか賢者フィオナスともあろうお方が、光は直進するものだ、なんて考えをお持ちではありませんよね? そういえば、つい先日いらした方々は避けることすら出来ませんでしたから、やっぱり貴女は本物ですのね」
「先日来た、ですって?」
「そう、貴女の名前を語って屋敷にきたわ? そのたびに私はお出迎えしなきゃいけなくて大変だったもの。もっともあの部屋までたどり着けたのは数人で、皆さんこの瞬きでお休みになったわ。ああ、そういえば、フィオナスと言う銘を口にして不快な顔をされたのも貴女だけね。やはり貴女が本物なんでしょうね」
「私が本物よ…… と、言ったところで証明するものがあるわけじゃないけど」
「いいえ、ちゃんと証明されてるわ。貴女がこうして私と話をしていることがすでに証となってるんだから」
 くすくすと無邪気に笑いながらミーナは次の動作に移っていく。
 彼女の背後に音も無く現れたのは身の丈ほどもある楔が20数本。取り巻くように円形を保ちながら空中に静止している。あれは槍だ。投げつけて相手を貫くものだ。
 フィオナは頭をフル回転させて対策を考える。あれを一度にこちらに放って行き場をふさいで止めを刺すのだろう。かわす事もできるが、それでは相手の思う壺。避けきった先に最後の一撃が来るに違いない。となれば正面から防ぎきるしかない。物理攻撃で直線的であれば障壁である程度の攻撃速度の緩和ができる。そうすれば接近したものから破壊できるだろう。しかし、全てに体がついていけるか不安が残る。
「では、次に行きましょう」
 ミーナの手が小さく振られると槍は順序良く円弧を描いて宙を舞った。そのタイミングでフィオナは声に出さずわずかに口を動かした。
「…… ああ、なるほど。そんな手もありましたか」
 その言葉にヒヤリとした。しかし槍の集団は目前に迫っている。出来るだけ小さな構えを取り、軌道を読み、迎撃を試みた。
 1、2,3…… 接近した順に槍を叩き潰していく。超近距離の雷撃ならば多少目標がずれていても打ち損じることは無い。
 9,10,11…… 程よく速度にも対応できていた。これならば容易く打ち落とせるだろう。残りが半分を切ったことを確認してフィオナは小さく息を吐く。
 だが、次の一撃は別の方向から突き出されていた。
 背中に痛みが走る。
「!」
 槍の攻撃は直線的な軌道から円弧に変化していた。またしても不意打ちである。先ほどの仕込が無ければ致命傷になっていたかもしれない。
「魔術なんかに頼らなくても、貴女ならその程度は何でもないことではなくて? 速度法術でお茶を濁すなんて、なんだか馬鹿にされてるみたい」
 何とか全ての槍を打ち落としたものの、フィオナは息が上がっていた。
 冗談ではない。銘はもらっても自分はあの爺様には遠く及ばない存在なのだ。術式を使わずしてどうやってあんな攻撃をやり過ごせと言うのか。このままでは消耗戦だ。防戦ばかりでは分が悪すぎる。大きく間合いを取るか一気に接近しなければ打開できないだろう。ならば術式の効力があるうちにやるしかない。
「それとも私の見込み違いだった? 本当にこの程度でしかないとしたら、やっぱり貴女も本物ではないのかな」
 優雅に腕組をして考え込むミーナに向けてフィオナは力いっぱい踏み込み、瞬足の効果で彼女の背後まで回りこむ。死角にもぐりこんで出の早い一撃を放つのだ。
 走り始める前に雷撃の用意を完了させて最接近したタイミングで打ち込む。絶妙なコンビネーションは今迄で一番よく出来た、会心の一撃、のはずだった。
 当たった! と確信したとき、ミーナの姿はそこから消えうせていたのだ。
「はあ……それでは無理ね」
「!?」
 彼女はフィオナが接近した分、同じだけ後ろに下がっていた。
 何かを準備した形跡は無いし、詠唱すら聞いてない。あわてた素振りも見せず、最初からその場所に居たとでも言いたげに肩を竦めていた。
 フィオナにしてみれば驚愕である。現時点で目一杯のやり方で最高によく出来た攻撃をさらりと流された以上、打つ手が浮かばない。かすり傷でも負わせられればまだ望みを持てたかもしれないが、あれだけやって無傷である。全く無防備で隙だらけの状態から如何にしてかわした動作も見せずに移動ができたのか納得ができない。いや、それよりも、これ以上何を仕掛けても無駄ではないかと言う恐怖がこみ上げてきた。
「貴女、何か大きな勘違いをしているみたい……私のこと、どこぞのちょっとばかし、手品程度に魔術の使える導士風情だと思っていない?」
 魔女も魔導士も大して違いは無いのでは? と、突っ込みを入れたくなるような台詞だった。しかし、思い違いをしていたのは認めるべきだ。あの魔女は常識を逸している。魔術なんかじゃない。あの老齢な大賢者ですらこんな芸当は出来ないと思う。
 それよりも今考えなければいけないことは、この窮地を如何にして挽回するかであろう。攻撃が当てられないのであれば倒すことができない。
「これじゃちっとも楽しくない。次で終わりにするわ。残念ですが貴女はここまで。さようならフィオナスの銘を持つ女賢者さん。運がなかったと諦めてね」
 ミーナは両の腕を高く掲げる。大型魔法の準備だろうか。フィオナはこの瞬間がチャンスだと思った。遠距離法術が通じるかわからないが、目くらましにはなるだろう。誘導光弾を30ほど作り左右から放つ。続いて次の一手を右手に呼び出して、そのまま光弾を追いかけるようにミーナに挑む。紅い月を背にした彼女は徐々に大きく育つ発光体を抱えながら避ける素振りさえしない。
 紅い月……
 ここは彼女の作った結界の中。
 本当の月はまだ空に居ない。
 そうだ、月なんて出ていないはず。
 直撃で捉えたはずの光弾は彼女をすり抜けて散っていく。さらに大きくなった彼女の頭上のものは今にもはちきれそうにもだえている。
 私は、何をしている? 誰を相手にしている? この得体の知れない現象は何だ? 不条理な状態は何を意味してる?
 彼女は私が本物である確認を強調していた。本物であればこの程度は造作も無いことのように言っていた。魔術を使うことに憤慨していた。
 全ての光弾が彼女を貫いても埃一つ付いていない。闇雲に右手の雷撃を放ってみても虚しく掻き切るだけ。
 そして、彼女の両手から巨大なエネルギー体がフィオナに向かって拡散された。
 闇の視界から光の視界にシフトする。
 紅い月……
 揺らめくように形を崩す輪郭。揺らめく。揺らめく…… ああ、そうか!
 光の筋がフィオナを包み込み塗りつぶしていった。


「本当に残念……あーあ、また退屈な毎日に戻っちゃったわ」
 ストンと肩を落としてミーナは眉をしかめる。
 充満した光線の渦は次第に薄れ始め、元の暗闇が戻りつつあった。背にしていた紅月に振り返ると小さくため息をつく。
「今度こそ何か変わったことができると思っていたのに……やっぱりそう簡単に見つかりはしないってことなのかしら? はぁ、あとどれだけ待てばいいのかしら」
 ミーナがそっと掌を返すと、紅く照らす空間は幕を下ろし、そして再びランプが一つ揺らめく部屋が現れる。先ほどと変わりは無い、全く同じ場所。相変わらず本の山が並び、ほのかな灯りだけが揺らめいている。
 ただ、違うのは、先ほどまで入り口に立っていた女性が床に倒れていること。
「あら、変ね。跡形も無く消えたと思ったのだけど」
「ご期待に添えなくて残念だったわ」
 もぞもぞとフィオナはその顔をあげてミーナを睨み付けた。
「結構なお持て成しだこと。次回は私の工房に是非とも招待するわ」
「ふふん、それも……楽しそうね」
 一瞬後ずさりしたものの、ミーナはクスリと微笑んでフィオナに手を差し出す。
「いつまでも寝ていると風邪を引くわ。リビングにワインを用意してあるの。無様な格好の記念に祝杯をあげましょう」
「お断りだわ。今度は毒でも盛られかねないもの。こんなことなら帰って寝てればよかったわよ。まったく、貴女が意地悪だってわかってたらこんなに苦労しなかったわね」
 ミーナの手を借りて痛む左腕を押さえながら立ち上がると、フィオナは身体にまとわり付く埃を払い落とす。目の前の貴婦人にもう怪しさの影は無い。
「心外な発言ね。それは貴女が悪いのよ」
「どうして?」
「だって、『魔女』は昔から意地悪って決まってるじゃない」
「なるほどね。私もそうなれるよう努力してみるわ」
 ミーナの手が腕に触れるとフィオナは少し顔をしかめる。ピクリとその掌が動いて、そして退けられた後の二の腕に傷跡は残っていなかった。

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