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D-Ms:004 test scene Celica

創作小説
1:
「はぁ~、スッキリしたぁ~」
部署の扉を開けながらあたしはだいぶオヤジ臭い言葉を吐いてしまった。
味気ない作りの扉をパタンと閉めてあたしはむにゅーと開放感を味わう。
さっきまでずっとガマンしてて漏れそうだったんだもん。
いや、早く行けば良いじゃないと言われそうだけど、そうも行かない事情があったのさ。
配信動画はこの部屋じゃないと見れないしさ。
メインイベントの前に延々とスペシャル映像やってるもんだから思い切り見入っちゃったのよね。
CMに入ったところで急いで用を足して来たところなんだけど。
まあ、部屋にはあたししか居ないし、別に気にすること無いもん。
と、安心しきっていたところに視線を感じた。
「ゲ!」
目が合った。
アレは絶対軽蔑の眼差しだ。
何でトイレ行ってる間に帰ってきてるのよぅ。
「ふ」
「何よぅ!」
「何でもないわ」
相変わらず無表情な我が相棒。
気にした様子も無く、静かにお茶を啜っていたりする。
ちょっとムカッ。
何かしらの反応してくれたって良いじゃないのよ!
仮にも花の乙女がこんなお下品な発言したって言うんだからぁ!
「早くしないと始まるわよ?」
スルーですか。
あー悔しい。
ふーんだ、チノなんて、チノなんて…
と、彼女のあらゆる欠点を思い出そうとするが、残念ながらあたしの頭に残った鮮烈な彼女の欠点は米粒ほども出てはこなかった。
完璧じゃないはずなのに痕跡さえ残さないとは…
相棒ながらヤルわね!
「見ないの?」
「あ、あわわ~ぁ」
思い出した。
アーマロイド・ファイトの公式戦が始まるんだった。
あわててモニターの前に駆け寄る。
ヨカッタァ、まだ始まってない。
ふふん、さすがはあたし。
おトイレ完了まで僅か20秒。
あー、ちゃんと手も洗ったからね。
「セリカ」
「なによう」
「エレガントさに欠けるわ」
ムキー!しっかり判ってんじゃないのよ!
「イイの!アンタしか居ないんだし。ロバートとかブリッツが居たらちょっとアレだけど」
もうヤケだよ。
おっきい方じゃないんだから早くたっていいじゃない。
「あら、居たわよ?あなたが用足しに出て行くのを見てたし。あなたと入れ違いに出てったはずだけど」
エー…
そんなバカなぁ?
このあたしの今まで積み上げてきた可愛らしさがぁぁ
「…嘘よ」
「はぇ?」
「2人は会場に決まってるじゃない」
「チーノー!!」
どうせあたしは毎度アンタに遊ばれるおもちゃなのさ、ふん。


あたし、セリカ・ガラッティは、ここ連邦軍戦術機部隊特殊任務部の一員。
でも、この部署って正式には隊長のレン大尉が受けた任務をサポートするだけの寄せ集めだから正規の連邦軍組織の一部じゃないんだよね。
何でも大尉一人じゃとてもこなせる仕事じゃないから契約社員(?)として6名まで雇用許可受けたとかで。
これでもあたしは中尉待遇なのさ!
待遇ってだけで何も特典は無いんだけどね。
士官服が支給されるでもなければ、こんな倉庫みたいな部屋しか割り当てなれないし。
なんつーか、結構騙されたっぽくない?とも思ったり。
でも、隊長はイイ人だし、ファイトで遊んででも良いわけだし、一応給料も出るし、待遇としてはまあまあかな。
で、あたし達が何をやってるかというと、これがまた機密事項扱いらしいんだけど、連邦軍の戦術機部隊でパイロットに成れそうな素質を持った人を見つけるってこと。
今までたくさんの人を見つけてきて隊長が面接してたんだけど、あの人たちはやっぱり軍に入隊したのかなぁ?
まあ、そこまではあたし達が考えることじゃないけどね。
隊長と会ったのは1年半くらい前。
と言うより隊長が強引にあたしとチノを誘惑した(?)とも言えるかも。
アーマロイド・ファイトでペアを組んでいたわたし達2人はどうやら隊長の御眼鏡に叶ったようで、即採用ってわけ。
あーでも、あたし達がこの部署で始めて採用された人員だったりするんで。
そのあと4名追加されて今の6名になったの。
さっきのブリッツとロバートはあたしとチノのようにペアを組んでファイトやってる。
あとの2人はペアは解消しちゃったけど仕事として素質のある人を発掘してるのね。
みんな結構デキる人ばっかりであたし自身ちょっとプレッシャー。
まあ、しゃっかりきになってやる仕事でもないから居心地良かったりする。
みんなルーズだし。
あー、でも仕事はちゃんとやってるからね。


「チノは見ないでイイの?」
「私はいいわ。後で録画を見るから」
いかにも台詞の棒読みっぽい返答してきたのがあたしの相棒でもあるチノ・ショウン。
あの無表情の下にどんな思惑が潜んでいるのか、一度頭を開けて見てみたいわ。
全く感情が無いってわけじゃないんだけど、彼女はほとんど表情を変えない。
喜怒哀楽の表現が乏しいと言うのかな?
ただでさえ小さい身体なのに余計小さく感じちゃう。
あたしが170無いくらいだから彼女は160そこそこか、もっと小さいかも。
別にそんなことはどうでも良いんだけどさ。
「じゃ、あたし1人で見るー」
「隊長に連絡は?」
「さっきしたー」
「なんて?」
「今忙しいから後にしろーって」
「そう」
不毛な会話。
いや、一応業務連絡だからね。
「私からしておくわ」
と、彼女は電話を取り上げる。
が、すぐに置いてしまう。
あの一瞬で終わったとは思えないんだけど…
あー、居なかったのか。
そう、勝手に判断付けてあたしはモニターに釘付けになっていた。
今年のファイトは思いのほか有力候補が多い。
例年ならば年間通して戦歴が良いペアが候補に挙がるのだけど、今年はここ半年くらいで急激に力を伸ばしてきたペアがいくつもあってかなり面白い。
ファイト掛率もそれに相まってバカみたいに跳ね上がってきてるし。
うふ、これでだいぶ儲けが出るかも~なんて思っちゃったり。
「データのペアは参加してるの?」
チノは問いかけてくる。
問われたのはこの部屋に2人しか居ないのだから多分、いや間違いなくあたし。
「んー?そうね。エントリーリストには入ってるよ」
サブモニターでウインドウを開いてリストを出して確認する。
つーか、そのくらいそっちのモニターで出来ないのかいな。
あたしはメインモニターを見るだけで忙しい。

特殊任務部。
略して特任部。
あんまりカッコいい名前じゃないけど。
ここの部屋はかなりバッドな感じだけど、装備機器は最新式。
司令部と直通ラインが引かれているのは、この連邦軍支部が入るビルの中でもここだけだし、民間チャンネルが入るのもここだけ。
コンソールモニターも実際に連邦軍本部管制が使ってるのと同じだって。
凄いね。
それを使って遊んでるあたし達って…余り深く考えないことにしよ。
大体人材発掘なんて諜報部とか人事部とかがやることじゃないのかしら?
隊長は「スカウト」って言ってるけど。
仕事に文句があるわけじゃない。
でも、なーんか腑に落ちないところがあるのよね…
あたし達だってパイロット候補には違いないと思うわけだし。
で、以前そのことを聞いてみたら「行きたいのか?」なんて言われちゃって。
全然、全く、これっぽっちもそんなこと思ってませんよ。
軍の戦術機になんて乗りたくないし、戦闘なんてやる気も無い。
あたしはヴァーチャル格闘技で十分ですよ、ええ。
ただ、ねぇ…ここに置いてもらってるのは何か裏があるようにも思えるのよね。
チノも同じようなこと言ってたし。
「中尉待遇」って階級だって本当ならこの仕事をする上で必要なもんでもないじゃない。
つーか、中尉って士官でしょ?
普通、軍に入隊したら下士官とか兵卒辺りから始まるんでないですかい?
あ、戦術機はパイロットになる時点でエリートだから士官扱いなのか。
機体単独行動ってのもあるらしくてそれを遂行するには機体を操縦する2人を小隊と見なして…なんて言ってたかな。
確か中尉って一応、小隊指揮官になれるのよね?

大会のファイトが始まる。
こんな狭い部屋のモニターから見る大会はいささか迫力に欠けるが、一応勤務時間内なのでそこはガマンしよう。
いや、勤務時間に仕事でこんなことが出来る職場に感謝するべきなのかもしれない。
「スカウト」の仕事だけに民間で配信されているファイトのチャンネルを自由に見ることが出来るのはウチの部署の特権だ。
そこで目に付いたペアが居れば追跡してデータを集めて調べる。
規定のレベルに達しているのであればそれらのデータをまとめて隊長に報告する。
その中から隊長がコレだ!と思う人物とコンタクトを取り、本人にその意思があれば隊長と面接。
最終的に委細承諾を経て戦術機候補生として司令部に召還されることになる。
でも、召還は嫌だなぁ。
モニターの中ではバトルロイヤルが繰り広げられている。
大会の参加者は膨大な数なので予選はバトルロイヤル形式で最後に勝ち残ったものだけが本戦に進める決まりになっている。
でも、あたしはこのバトルロイヤルは余り好きではない。
だって!あんまり良く見えないんだもん!
1体1の通常のファイトの場合にはコンソールから操作して色んな角度から見ることが出来るのだけど、バトルロイヤルは大き目のレイヤー(ファイト領域)の中でちまちまと戦っている様子しか映してくれないの。
まあ、予選だし。
大方の弱い参加者はここで篩いに落とされて、本当に強い参加者だけがトーナメントに進める。
だからある意味ヒマ。
たまーにお目当てのペアのアーマロイドが映ったりするけど、ほんの一瞬で見えなくなっちゃうし。
「本戦までは見るもの無いでしょうに」
と、モニターにかじりついていたあたしにお茶を入れてくれるチノ。
「あ、ありがと」
「いいえ。自分のお代わりを入れたついでだから」
むー、素直じゃないなぁ。
あたしもよく彼女とペアをやってると思う。
いや、今は全然ファイトやってないから「やってた」なのかな?
解消したわけじゃないけど。
しかし、ファイトが始まるとこれがかなり強力なアシスト・ガードとして威力を発揮するから凄く感謝はしてる。
性格だけなんだよねぇ。
程なくして予選が終り、本戦に進出したペアが発表になる。
「おーお、しっかり残ってるねぇ」
さてさて、この強力なペアがどこまで見せてくれるのか楽しみなんだよね。
今までは自分たちがその場でファイトする立場だったから判らなかったけど、こうして客観的に見るのもなかなか面白い。
あたし達が考えも付かないようなスタイルでファイトするペアもいるし、度肝を抜かれるような凄いファイトが繰り広げられたり。
「ねえ、セリカ」
何よ良いところで、とは言わなかったけれど。
ノって来た気分が一気に覚める思いがする。
ああもう、いつも水を差してくれるのは彼女なのよね。
そう、これは避けられない運命なんだわ、トホホ…
「何を落胆してるのか判らないけれど、聞いても良いかしら?」
「ダメ」
「貴女のピックアップしたペアなんだけど」
このオンナ!人の返事を聞け!!
「あたしのペアが?なに?」
ぶっきらぼうに答えてやる~と嫌々ながら耳だけをそちらに集中させる。
我ながら器用な体質してるわとほとほと感心。
見てるものと聞いてるもの、両方理解できるなんて中々出来ないわよ。
まあ、片方はだいぶ適当なんだけどさ。
「シャワーセットで良かったのよね?」
「あ?違うよ。ブレンスラッシュだよ」
なに言ってんのよこのオンナ、と思って、疑問を感じた。
いや、あたし達がピックアップしたペアは同意見でいつも一緒だったから、彼女の言うことが違ったのに引っかかった。
「えー、もしかしてチノはそっちを考えてたの?」
「そうよ。戦歴もかなり安定してきてるしスタイルも定着してる。貴女の言うブレンスラッシュはここ最近出てきたペアよね…って!」
彼女が息を呑むのが耳に入った。
「どうかした?」
無意識にモニターから目を外して彼女に視線を移していた。
普段は見せない彼女の驚愕した表情。
なあんだそんな顔も出来るんじゃん。
違う違う、そうじゃなくて!
そんな顔してること自体何かおかしいことなんじゃんか!
チノがつぶやくように口を開く。
「この2つのペア…能力がそっくりだわ」

2:
本戦はモニター上で始まっていてファイトが繰り広げられていた。
しかし、あたし達はそんなものには目もくれず、データの洗い直しに明け暮れていた。
どこで意見が食い違い始めたのか判らないけれど、少なくとも隊長に間違ったデータを渡してしまったことは確かだ。
恐らく目当てにしていたパイロットのデータも食い違っているはず。
焦るあたし。
こんな失敗今まで一度も無かったのに。
いや、違う。
チノと同じ意見だったから失敗しなかっただけなんじゃないだろうか。
全く自分の選定眼の甘さに今更気が付いた。

あたし達は主にファイトの記録映像からあるレベルの能力を持ったペアを選出する。
この選出する尺度と言うのが個々によって多少の差はあるのだけど、オペレーターを担っている私のところに集まったところでその差を集約する。
更に各自に差し戻して再度確認。
その作業を数回繰り返した後データが蓄積され、ペアの情報が特定できたところで隊長に報告する。
最終的にペアが誰なのか確定しないと報告しないところなのだけど、前回隊長か来たのが完全にまとまる前の不確定要素を含んでいたときだった。
多分自分と同じだろうと決めてかかったのがいけなかった。
そういえば同じようなデータが2つずつあった。
コピーだと思っていたのはこういうことだったんだ…

「判ったわよ」
チノがコンソールからまとまったデータを表示してくれる。
「これね。ブレンスラッシュは3ヶ月前からファイトに参加してる。これと似たデータを持つ機体が過去に2ついるから、多分ペアを解消してをれぞれの片割れがブレンスラッシュで参加してるんだと思う」
すげー、この短時間で良くそこまで調べ上げたなぁ。
彼女のデータ処理能力はトンデモ優秀。
あたしなんか足元どころか、地下数十m下だよ。
「それと比較してこっちのシャワーセット。半年くらい前から出てきてるけど、モノになるデータが揃ってきたのはやっぱり3ヶ月くらい前から。これで混同したのね」
「なるほど」
表示される双方のデータを見比べてみる。
「チノ…これってさぁ」
「判るでしょ?こんなにそっくりのデータ。出そうと思って出せないと思う」
見れば見るほど能力値が僅かにしか違わない。
ここまで来るともう誤差の範囲。
ある意味同じペアが2つのアーマロイドを操っていると言っても疑われないかも知れない。
「でも、システムは個人IDで管理されてるからこの2つは全く別のアーマロイドとして認識されてるのね。私も迂闊だったわ」
悔しげに顔を顰める彼女。
「貴女と意見が違うってところがそもそもおかしいんだから」
あたしも悔しいけどチノも悔しいみたい。
つーか、意見が違うから悔しいってことなの?
今まで食い違ったことが無かったからってのもあるけどさ。
「でも、ある意味、貴女も私も着眼点は同じだったと言うわけよね」
「ん、まあね~」
えへへ、とちょっと嬉しくなる。
彼女は稀にしか褒めてくれないから嬉しい。
ファイトで上手く行っても無表情のときが多いんだもん。
アンタはロボですかーって。
「でも、セリカ。貴女一度ファイトしたことあるって大尉に言ってたわよね?」
「えー、あるじゃん…あ、あれ?」
違う。
ファイトしたのはシャワーセットのほうだ。
ブレンスラッシュはあたし達がファイトしなくなってから参加したペアだ。
「…ゴメン、勘違いだった。同じスタイルだったからてっきり」
「はぁ、そんなことだろうと思ったわ。今更謝ることはないけど、これだけスタイルもデータも同じじゃ貴女が勘違いしてもおかしくない。私は会場まで足を運んでいるからともかく、貴女はここでモニターしてるだけだものね」
「うぐぅ、だってぇ」
痛いところを突かれて呻いてしまう。
外回りなんてあたしの領分じゃないし疲れるのは嫌。
ってのは言い訳で、あたしには人の顔と名前が一致しないと言う致命的な欠点がある。
何度も会っていれば覚えるけれど一度で覚えるのは到底無理。
ちなみに知らない場所に地図だけ渡されて向かうのもダメ。
覚える・記憶すると言う能力が他人と比べて劣っている。
アレだけ人が大勢いるスタジアムシティなんて行ったら最後、戻ってこれるのは3~4日後だろう。
だから私の代わりにチノが外回りに出てくれて私は部署でデータ整理なんて雑用やっているわけ。

「でも、ブレンスラッシュはだいぶ怪しいわね。長い間ファイトしてると同じようなスタイルが出てくるのは当たり前とも言えるけど、それまでシャワーセットくらいしか使っていなかった「チェンジ」操作を最初から多用しているところを見ると…」
ふん、と腕組をして一呼吸置く。
これって、意図的に似せてる?
シャワーセットのこと知ってて同じことが出来るペアを組んだとも。
つまり…
「貴女も同じこと思ってるでしょ?」
「う、えーと…ブレンスラッシュのペアは、シャワーセットのペアの知り合い?」
かなり強引な推理だと自分では思ったんだけど、これしか思いつかなかった。
あたしは推理探偵でもないし、推測はあくまで推測だー、実証される過程と結果が必要だーなんてことは隊長に良く聞かされている。
だから報告書には推測・憶測を含んだ表現は極力しないでいる。
大体報告書なんてものは確定事項の報告だから報告書なんであって…
が、彼女の答えはあたしの期待に沿うものだった。
「そうね。可能性が高い。それも同等程度の能力を持つ者同士だと思うわ。とすれば…ガード同士が知り合いってことかしら?」
すげー、そこまで判るの?
確かにフォワード同士が知り合いって言うのは確率的に薄いかも。
速攻スタイルはどこにでもいるし、ガードもこなせるフォワードは固定ペアでもいるだろう。
ポイントとなるのはチェンジが出来て、ガードがフォワードとなったときの能力の近さ。
システム処理が得意で武術も嗜む…
「富裕層?」
「それ、当たってると思う。コート内で富裕層なんて数えるくらいしかいないから横の繋がりがあると思うわ。その子供達がお互いをライバル視してたらこんなことも起きるかもしれない」
うわー、なんて不毛な。
つーか、富裕層がゲームに参加するなよ、と。
「たまたま、偶然のセンもあるけどそれは限りなく薄いと思う。他に考えられるとしても知り合いが関係してる点は否定できないと思う。じゃないとこれだけ似た能力で参加してくる意味が無いでしょ」
「確かにねぇ。似てても能力的に上か下か、だよね」
「そういうこと」
そう言って彼女はちらりと配信モニターを見る。
釣られてあたしもそちらを見る。
ちょうど渦中のブレンスラッシュの対戦だった。

わずか24秒で決着。
速攻も凄いがパワーも凄い。
アーマロイドってあんなにパワー出たっけか?
なんだか相手のアーマロイド、粉砕してますけど…
つーか、絶対おかしいって!
力で押し切るなんて出来ないようなパワーバランスになってるはずなのに。
ツカツカっと立ち寄ってチノが配信モニターのコンソールを開く。
パラパラと表示されるデータ。
「おかしいわね」
見終わるまでも無く彼女がそう言う。
あたしもおかしいと思ってる。
ありえないもん、アレ。
「チノもやっぱりそう思う?あんなのあたし初めて見たよ」
「それもそうなんだけど…これ、見なさいよ」
映し出されたデータの列。
そこにパサリと出された報告書のコピー。
両方を見比べてみる。
「あ、ああー!?」
「判った?」
明らかに違う能力値。
データにあった数値を飛び越えている部分と、激減している部分。
つまりは…
「このブレンスラッシュ、別の人間が操作するってことはありえないから、操縦者自身に何かあったか、システム自体に影響する何かを使ってるか、どっちかよね」
冷静に分析する彼女の目はマジ。
うーん、ファイトしてるときもこんな目をしてるっけか。
いやいや、それどころじゃないってば。
「じゃ、なに?ズルしてるってこと?」
「可能性がある、と言ってるだけ。昨日までの戦歴データと見比べても明らかに違いすぎる。何かが作用してると考えるべきだと思う」
「だって、コクピットの中には何も持ち込めない規則じゃん」
当たり前のことを口走るあたし。
でも、現実として目の前の映像はそれが起きてる。
コクピットが監視できるわけじゃないから推測できる範囲では彼女の言うとおりなんだろう。
「着ているモノ以外は、ね。昔、ペースメーカー付けた人がファイトした事件覚えてる?」
唐突に事件の話に振られてしばし記憶を探る。
えーと、確か…
「誤作動して、中で暴れまくって…」
「自分で自分の胸をこじ開けてペースメーカーを取り出した、ってヤツ。もちろん本人は死亡。一緒にファイトしてたペアはショックで精神崩壊したらしいわね」
怖いこと淡々と喋るなぁ。
あたしはそんなスプラッタ系のモノは苦手なんだけど。
と、言うともしかして、
「今回もそれが?」
「可能性の一つとしてね。保存されてる映像ではその本人たちのアーマロイドはとんでもない機動をしてたらしいわ」
まずい、こりゃ、ますますまずい。
つーか、こんな対戦止めるべきだろ。
何やってる実行委員会?
この状態で続けたらこのペアは崩壊しちゃう危険性もあるでしょ。
「止められないの?」
「無理ね」
「えー、そんな」
「だって、対戦が始まっちゃったら人の手から離れちゃうのよ?途中で外部から手を加えられないようにそういうシステムで作ってあるんだから」
冷たくあしらう彼女。
まあ、人事ではあるけれど。
すたすたとモニターから離れると自分の席に戻ってしまう。
「願わくば、シャワーセットの彼女たちにあえなく倒されるか、あるいは彼女たちペアが無事であれば良いんじゃないの?ブレンスラッシュは私達のデータから抹消するだけだし」
「確かにそうだけどさぁ…こう、何か打つ手は無いのかなぁ」
ちょっと悔しい。
不正と判っているのにそれを止められない。
見てるほうが辛くなってくる。
「でも、これはあくまで推測に過ぎないって判ってる?大尉も言ってたでしょ。推測はあくまで推測。結果としてブレンスラッシュが勝利して悠々としていたとしても、それはそれ。このペアは私達の求めるペアじゃなかったってだけ。だから抹消。改めてシャワーセットのペアとコンタクトする方法を考えるのが本来の仕事でしょ?まあ、彼女たちもブレンスラッシュと対戦したらボロボロにされちゃうかもしれないけど」
「だったらぁ!」
「仮想空間だから現実にはそれほど害は無いはずよ。そのくらい貴女だって知ってるじゃない」
「そうだけど…」
釈然としない気持ちが悶々としてる。
何だか映像見てるのもバカらしくなってきた。
「あー、止めないでよ。シャワーセットの中継は見ておきたいわ」
「はいはい、あたしはちょっと出てきますよ」
居た堪れなくなったあたしは入り口に向かう。
でも、その扉を開くことは出来なかった。
ホットラインだ。
司令部直通…間違いなく隊長。
手を伸ばした状態で固まるあたし。
無茶苦茶滑稽かも。
いつものように受話器を取るチノ。
「はい、特任部、お疲れ様です隊長…、はい…居ますけど…はい、え?えぇ?はぁ、判りました」
ゆっくりと受話器を置く。
その間あたしは動けないで彼女の応対をじっと見ていた。
いや、動いても良かったんだけど、ホットラインの場合何があるか判らないからその場にいる者は指示があるまで部屋から出るなと言われている。
うーん、隊長が見てるわけじゃないんだけど…怒られるのは怖いし、電話越しから見てる気がするんだよね…
チノがおかしな応対していたけど、ひとまず固着状態から開放される。
「で、隊長は…」
と問い掛けようとするあたしの声を彼女が遮った。
「戦闘配備令が発令されたわ。センターコートに侵入した物体ありとのことよ。私達が出るかもしれないからここに居ろって」
「え?ええー!?」
戦闘配備って、侵入した物体って、
マジに戦うのぉー!?
「間違ったわ。「出撃するからここに居ろ」って言ってたわ」
「うそぉー!?」
あたし達、しがない中尉待遇よ?
士官じゃないのよ?
教練だって受けてないのよ?
なのになんで出撃なのよ!

3:
エレベーターでエントラントまで降りるあたし達。
セキュリティパスの関係上、あたし達が行き来できるのはこのエントラントと部署のある階、そして部署の部屋、トイレ、給湯室くらい。
他の場所に入るには隊長の許可証の付いたIDカードが必要になる。
で、なんでここに居るかと言うと、電話でここで待てと先ほど命令されたからだ。
部屋に居ろといったりしたまで降りて来いと言ったり、色々と大変だ。
いや、まあ、隊長の方が大変だとは思うけど。
とにかく隊長は司令部を出てこちらに向かっているらしい。

「侵入した物体って、戦術機なのかな?」
大きな声では言えないのでぼそぼそとチノに耳打ちするあたし。
「さあ?外壁を破壊して入ってきたなら可能性はあるわね。基本的に本部のある北側からしかあの大きさでは入れないはずだから」
「そうなんだ」
「常識でしょ?東西南北にゲートはあるけど、大きさ的に考えて入れるわけ無いじゃない」
「…そうね」
2人してエレベーターホールにぼけーっと立っているのもある意味様にならない。
不審者と見られてもおかしく無さそうだけど、残念ながらここを通る人たちの興味を引く存在ではないらしい。
何となく悔しい。
仕方ないので素朴な疑問をチノにぶつけてみたりしているところ。
チノも冷静を装ってはいるものの、口数が多いところを見ると多少は緊張しているみたい。
この娘、落ち着いちゃうと一言も喋らなくなっちゃうから。
逆にこういう場面に遭遇するとイライラソワソワしているのが身振りに現れる。
素直じゃないなぁ。
あたしもだけど。
「ファイト」
「はぇ?」
急にポツリとつぶやいた彼女の言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「見られなかったわね」
「あー、シャワーセットね。うん。一応録画にはしておいたけど」
「リアルタイムで見たかったわ」
「ふーん…チノも結構興味あったんじゃない」
ちょっと突っ込んでみたりする。
「自分が選んだペアだからね」
「それだけ?」
「そうよ。他のはどうでもいいわ」
むー、それでいいのか?
「でもさー…」
と、続けようとしたところに、
颯爽と駆け込んでくる足音。
我が部署の隊長殿の到着だ。

「待たせた」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でーす」
その挨拶が終わらないうちに隊長はエレベーターにIDカードを差し込む。
「行くぞ。一刻を争う事態だ」
エレベーターに乗り込むとあたし達は見たことも無い階下番号表示を見せられる。
シューンと静かに動き出すと隊長は多少切らせた息にも構わず話し始める。
「現時点を持ってセリカ・ガラッティ、チノ・ショウンを連邦軍戦術機部隊所属先発機甲部隊中尉に任命する。いいな?」
「え?」
「!?」
「理解するのは後でいい。これでお前たちは戦術機で単独行動できる階級を得た。一応時限特権ではあるが緊急事態なので余り深く追求するな」
「はぁ…」
「…」
その間にもエレベーターはどんどん降りていく。
「これからお前たち2人にはこの地下に保管されている戦術機で出撃してもらう。サポートは私がするから安心しろ。目標は北西部外壁から侵入した外部戦術機。恐らく反政府勢力の機体だ。機体数は5。殲滅しろとは言わんが行動不能にしろ。10分で援軍のアルファ隊が来る。それまで持ちこたえろ」
「…はぁ」
「…」
「返事は!?」
「あ、ハイ!了解!です」
「…了解」
「よし。起動のレクチャーはいらんな?アーマロイドとほぼ一緒だ。装備の使い方は簡単なものだけ教えておいてやる」
そこまで隊長が一気に話し切ったところでエレベーターは止まる。
ふと階数を見ればB8F。
そんなに地下があったんですかー

扉の先には巨人が吊り下げられたハンガーがむき出しになっていた。
「脚部のタラップから胴部のコクピットに搭乗しろ。私は簡易司令室から応対する。搭乗したらまずヘッドセットを付けろ」
「了解!」
尻を叩かれる勢いで巨人に駆け寄るあたし達。
タラップって言ったって、簡易的な鉄梯子しかないんですが。
急げとばかりに肘鉄食らわせてくるチノ。
仕方なくあたしは梯子を上り始める。
いや、長い長い。
こんなことならちょっとは運動しておくんだったと後悔。
思えば4~5mほどしかなかった梯子なのに10mは登った気がしましたよ。
幸いコクピットはすでに開いていたので転がり込むように乗り込む。
見回すと言われたとおりアーマロイド・ファイトの操縦システムと全く同じ。
へー、ほー、と物珍しげに見ていると後ろからケリを食らった。
「あたー、何よー?」
チノはすでにヘッドセットをつけている。
あ、やば。
あわてて目の前にあったヘッドセットをつける。
とたん、罵声が鳴り響く。
「セリカ!いい度胸してるじゃないか?帰ってきたらいい物をやろう」
鼓膜が破けるかと思った。
「申し訳ありません、隊長」
「時間が無いと言っただろ!?チノ、セッティングはコンソールに出てくる。お前ならすぐに慣れるだろう。セリカ!ハンガーから機体を下ろすぞ。しっかり踏ん張れ!」
「えー?もうですか!?」
「生き埋めにしてやろうか?」
「デマス!」
ずごごーと地響きがしてついに生まれて初めての戦術機操作が始まった。

「カタパルトから射出する。チノ、目標は捕らえたな?」
「はい、光点5つ、座標も確認済みです」
早くもいつもの冷静モードに入ってる。
素晴らしい適応能力。
あたしも欲しいなぁ。
「セリカ!アーマロイドと違って衝撃はモロに来るからな?接近戦は極力避けろ。装備だけでも足止めは出来る。深追いはするな」
「了解」
「出すぞ!」
「リフトアップ、スタート!」
グンと上方向に向かって加速Gがかかる。
うへぇ、潰れそう~
射出口の照明がトンネルを潜って行くように流れる。
何だかジェットコースターみたい。
ヘッドセットのモニターに映る視界はファイトで見るヴァーチャル空間とは別物。
そりゃそうだ。
現実世界なんだから。
程なくして外のまぶしい光に包まれる。
ぐわっと広がる眼下の風景。
うわー
飛んでるよ、コレ
「目視でターゲット確認。迎撃砲装填。ロックオン開始」
「へっ?え?ほぇ!?」
後ろでなにやらつぶやいてるけどあたしには理解不能。
ヘッドセットの半透明モニターから操縦コンソールに目を移すと見たことも無いランプがパカパカ光っている。
「貴女はロックしたら撃てば良いだけ。自動追尾だから外れないわよ」
「撃てば良いの?」
「ロックオンしたらね」
モニターに照準がわらわらと出現して標的らしきモノを探り始める。
うーん、まるで画面上で追いかけっこしてるみたい。
「射出速度減速。降下に移行。着地点確保」
チノが続けざまに何か言ってるけど、この際気にしてたら撃ち漏らしちゃう。
ピピっと照準がロックの表示をする。
「行けー!」
って、どうやって撃つんだ?
そう思ったらすでに発射してた。
トリガーがあるわけじゃないみたい。
ミサイルの吐き出す煙だけが一直線に伸びる。
と、身体が落ちる感覚を感じた。
「うわわ~落ちるよー!」
「当たり前。貴女はターゲットから目を離さない。着地はこっちでフォローする」
全然動じない我が相棒。
心強いことで何より。
射出の勢いを失った機体が市街地に向かって落下していく。
と、言ってもそれほど高いわけではないからそっちはガードの彼女に任せておけば良いだろう。
問題は落ちる視界の中でターゲットを見失わないようにしなきゃ。
モニターにはミサイルの着弾情報が表示される。
「1機撃墜、1機損傷。3機は回避。追撃開始します」
「よーし、良いぞ。散開状態だが目的地は大体予想が付いている。進路を塞ぐように回り込め」
「了解。着地後10時方向へ移動。ターゲットは2時方向から接近。反撃動作は確認できず」
淡々と隊長と連絡を交わすチノ。
あたしは操作だけで手一杯だよぉ。
ザシィっと着地の衝撃。
そして次の動作に移る。
市街地の道路を多少抉ってしまったけど、良いのかなぁ?
そんなことを考えている間にターゲットが迫る。
「目標から100mの間合いを取れ。3時方向から迎撃動作確認」
「えー!、向こうも撃って来るの!?」
「移動速度を上げろ。市街地に被害が出る。次の目前のビルを飛び越えろ」
「てぇー!」
「迎撃ミサイル捕捉。デコイ散布。回避運動開始」
目の前をいくつかのミサイルが横切る。
「ひぃあ~!」
「ターゲット1機正面に捕捉。ロックオンしろ」
やってるってー

僅か数秒のドッグファイト。
緊張感を感じる間もなく3機目を近接からの打撃で打ち崩した。
軋んだ音を立てて膝を崩す灰色の機体。
間違い無くあたしの乗っている連邦軍のそれとは違う。
アーマロイド・ファイトとは違う。
だけど、同じ動作でいとも簡単に戦うことが出来た。
これが…戦術機の戦いなの?
「3機目撃破、行動不能確認。先行した2機を追尾開始」
「湖で足止めしろ!全装備使用許可する!」
隊長の声がキンキンと耳に響く。
「了解。ホーミング全弾射出後、全速で追尾に入る。射程に入り次第グレネードを使用する」
「くぅ、行くわよ!」
先を行く2機との距離は約1500。
移動速度が解析どおりなら3分もかからず追いつける。
機体にダッシュを掛けてあたしは追う。
装備されたミサイルが扇を描いてターゲットに向かう。
「ターゲット反転確認。ホーミングを迎撃体制。距離1200」
シメタ!これでもっと早く追いつける。
が、次の瞬間、敵機は回避運動を取る。
「あぁ!そっちは!」
「ターゲット市街地へ移動。ホーミング誤差修正。反撃動作へ移行」
なってこった。
よりによってヤツら、スタジアムに向かって行くよ…
もしかして建物を楯にするつもりなの?
「マズイよ!」
「ホーミング機動修正中。目前のターゲットに集中しろ。迎撃動作来るぞ」
くぅ~そんなこと言ったって~
ドガッと派手な爆発をあげて相手の機体にミサイルが当たる。
その反動で倒れる敵機。
その先にはスタジアム。
ぐしゃりと建物にめり込む。
更に追い討ちをかけるミサイル。
「あれじゃ中の人が!」
「照準ロック確認。迎撃来るぞ。回避運動開始」
「え!」
気付いたときには大きな衝撃が身体に来た。
悲鳴すら上げられない。
つぅー
もう1機がこちらを捕捉している。
「左肩部被弾、動作30%ダウン。データ解析終了。接近して迎撃しろ」
コンソールに相手のデータが出る。
ええい、こうなったら!
機体を前に進める。
全速で迫っているのに相手には一向に近づかない。
バックダッシュしてるのだろうか、左右に機体を振りながら逃げている。
「データ修正。かなり上手い。距離800。足元を狙え」
あたしの機体は崩れたスタジアムを横に見ながら敵機を追う。
灰色の機体は他の4機とは動きが明らかに違う。
こいつが隊長機なんだろうな。
グレネードの照準を合わせようとするが動きが早くて外されてしまう。
距離は縮まらずにどんどん逃げられる。
「セリカ!照準をヤツの背後に合わせろ!着弾衝撃で動きが止まるはずだ!」
隊長の声が響く。
「了解!」
「照準修正完了。手動照準に切り替え。撃て!」
「てやぁ!」
大きな反動と共にグレネードが走る。
しかし、相手はそれを読んでいたようですぐさま回避してしまう。
「うわ~マジですか?」
ヤバイって~
湖の向こうにウェイルスン大学施設が見えてくる。
相手との距離は縮まらない。
と、言うか、こっちのスピードが落ちてる?
「被弾箇所悪化。出力80%まで低下。追いつけない」
「アンタこんなときにそんな悠長な!」
「無理。出力は向こうのほうが上。応援部隊の到着は?」
「あと5分ほどだ。まいったな。してやられたか。とにかく全力で追え!」
「了解。各装備脱離。軽量化する」
カクッと少し機体が揺れて少々スピードが上がる。
が、距離は変わらない。
追いつけないよ…
相手は湖の畔に足がかかろうとしていた。

半ば諦めかけたその時。
あたしはスゴイものを目にした。
いえ、あたしだけじゃない。
そいつも、チノも。

それは湖の中から現れた、白鳥のような姿をしていた。

4:
突然、前方で水柱が上がり何かが飛び出してくる。
そいつは空に舞い上がり、大きな弧を描いて飛んでいた。
まるで空を舞う白鳥のように。
あまりの美しさに見惚れてしまった。
高く、空を舞うその姿に。

「未確認物体出現。戦術機の倍の大きさ。上空を滑空中」
「なに!?」
隊長の動揺した声。
とにかくこっちはターゲットに追いつかなきゃどうにもならない。
が、舞い上がったそいつはとんでもないスピードで灰色の機体に向かって突っ込んでいく。
「なに?アレ?」
ドーン、と砂煙が上がった。
「ターゲット移動停止。未確認物体と接触中。本機も現場に急行中」
「…距離100で一旦様子を見ろ。回り込んで市街地を背にしろ」
「了解」
砂煙が収まるまでにはそれほど時間はかからなかった。
その向こうに対峙する2体の姿を確認できたのは数秒後。
それはとても違和感のある姿だった。
「白い?アレ羽なの?」
思いついた言葉をあたしは口にしていた。
「録画開始。データ収集開始。未確認物体は戦術機です」
「何だと!?」
スピーカーの向こうの隊長は困惑の声を上げている。
こっちも困惑。
相変わらずチノは機械的に処理をしているけど、あんな形の戦術機があるなんて…

白く輝く天使を思わせる機体。
その背中には自分の倍以上もある、羽が生えていた。
姿を見るだけでも圧倒される。

ターゲットの灰色の戦術機は白い戦術機と組み合っていた。
両の手を双方組みあい、力勝負と言った形。
でも…
どう見ても灰色側に余裕は無い。
大して白い方は苦も無く微動だにしない。
押し合っているにもかかわらず、まるで灰色が白に取り押さえられているような感じ。
必死にもがいているがその両手は振りほどけない。

強い
明らかに強い
大きさから圧倒されるだけじゃなくて
その機体その物から段違いの強さを感じる。
アーマロイド・ファイトのときに似ている。
絶対的な強さの違いは目の前に居るだけで伝わってくる。
手を出してはいけない。
間違っても抗ってはいけない。
そう思わせる相手。
それがまさにあの白い戦術機。

やっとのことで左手を振りほどいた灰色の機体が近接格闘に持ち込もうと肢体を動かす。
しかし白い機体はいともたやすく受け止めてしまう。
子供と大人ほどに差がありすぎる。
と、白い機体が身をよじったかと思うと
グワキッ
ひしゃげる音と共にその右の拳が灰色の機体の胸部を打ち抜いていた。

「…た、ターゲット、撃墜されました…一撃です」
さすがのチノもこれには驚いたみたい。
あたしなんてさっきから身動きすら出来ない。
だって、動いたら次の標的はあたし達かもしれないんだから。
ゆっくりと腕を引き抜く白いヤツを、生唾の見込みながら凝視するしかない。
逃げることも向かうこと出来ない。
どっちも無意味。
白いヤツは動かなくなった灰色を投げ捨てる。
いよいよあたしたちの番かと戦慄する。
だけど、
あいつは興味を示すことなく再び空に舞い上った。
あっという間に視界から消え去る。
「あ、ああ…」
「…未確認物体、ロストしました」
「フゥ、冷や冷やさせる。良くやったよお前たち。そいつとヤらなくて正解だ。侵入した5機を止められたんだから任務終了だ。お疲れさん」
「隊長」
「なんだ?」
「肩部のダメージが70%で機体の機能不全起こしてます。自力で帰還は無理かと」
「判った。アルファ隊がスタジアムシティに到着してる。そっちにも回収をまわすからそのまま待ってろ」
「了解です」
「とにかく…無事で何よりだ」
そこで隊長との通信が切れた。

はふ~
寿命が縮まったわよ~
何なのよ、アイツ。
いきなり現れて…助かったけどさ。
敵じゃなくて良かったわよ…敵じゃなくて…
敵…?
あ…
そこであたしは気が付いた。
「これ、本当の…本当の戦いなんだよね?」
誰に問うた言葉じゃなかったけど、あえてチノは答えてくれた。
「…そうよ。貴女と私の初めて実戦」
もし、
もし、あたしがあの灰色の戦術機のパイロットだったら?
あの白いヤツとやりあうことになってたら?
結果的に戦わなかったけれど、
機体に損傷はあったけれど
怪我は無かったけれど
とたんに手足が震えだしてきた。
止まらない。
止められない。
「セリカ、ヘッドセットは外しておいたほうがいいわ」
「えぇえ?」
言葉が呂律回っていない。
顎がカタカタと震えていた。
全身が襲ってくる恐怖感で震えていた。
「貴女は良くやったと思うわ。私でさえ感情を殺しきれなかったから」
そんなこと言ったって、チノは凄く平静じゃない。
どうして普通にしていられるのよ?
言葉には出来なかったけれど、彼女はあたしの言いたいことが理解できたみたい。
「全然。私はあんなふうにしていないと理性が保てないだけ。凄く怖かったわよ。そこからじゃ判らないかも知れないけど…漏らしちゃったし…」
漏らした?
何を?
と聞きたかったけれど、チノは顔を赤くしたままそっぽ向いてしまった。
「アルファワンよりヴェクターワンへ。良くやったぜ!勲章もんだ。1機で5機撃墜とは恐れ入ったよ。俺たちの隊に入っちゃくんねぇかな?」
連邦軍の戦術機部隊が到着する。
無線の向こうからは気の良い男の声が聞こえてきた。
あたしはヘッドセットを外してしまっているから応対はチノがしてくれている。
「ヴェクターワンよりアルファワンへ。残念ながらそれはレン隊長が決めることなので我々では判断できない。機体損傷が酷く身動きが出来ない。回収をお願いする」
「なに?あのセリーナ・レン大尉か!?こりゃまいったな。機体のシャットダウンは済んでるな?回収班を向かわせるからもうしばらく待て」
「了解」
あたしの震えは回収が終わるまで止まることが無かった。

コクピットがプシューと音を上げてゆっくりと開く。
目の前に誰かが立っているが照明が眩しくて判らない。
「ご苦労さん。自分で出られるか?」
隊長の声だ。
わざわざここまで上がってきてくれたみたい。
「あ、ええ、多分…」
と、立ち上がろうとするが、腰に力が入らない。
おかしいなと踏ん張ってみるものの腰どころか足にも力が入らない。
まるで自分の身体じゃないみたい。
「ははん、やっぱりな。チノは動けるか?人払いはしてあるからそのまま更衣室に行け」
「…了解」
あたしの目の前をおずおずと降りていくチノ。
その下肢辺りが湿っているのに気が付く。
ああ、そうか。
漏らしたって、それのことだったんだ。
「どれ、手を貸してやるから」
と隊長があたしの両脇に腕を差し込んで持ち上げてくれる。
とたんに自分の下半身にぬろっとした感触を覚えた。
「あ…」
あたしも漏らしてる。
全然気付いてなかった。
「心配するな。初めての実戦で失禁しないヤツのほうが珍しい。戦う前に腰を抜かさなかっただけでもお前は偉いさ」
いつもは見せない笑顔でそう言うと隊長はあたしをおぶってコクピットを出る。
恥ずかしいのと下半身の感覚の無さと、隊長の背中の暖かさで、
あたしは堰が崩れたみたい。
ぶわーっと涙が出てきて止まらなくなった。
「うっ…うううっ…」
「泣きたければ泣いていいぞ、思い切り泣け。今日、生き残れたことに感謝して、な」

何も知らなかったことがこんなにも幸せだったと思い知った隊長の背中の上。
同じ女性としてこの人が一回りも二回りも大きいことが判った。

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